最新記事

戦争の物語

歴史問題はなぜ解決しないか(コロンビア大学特別講義・前編)

2018年3月13日(火)17時05分
ニューズウィーク日本版編集部

magSR180313main1-4.jpg

スティーブン(韓国系アメリカ人)「僕も同じように映画を思い浮かべた。その映画で初めてパールハーバーの話を知った。高校生のときに数人でその映画をレンタルして見た」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

【ジャジャ】 ハワイに行ってきたので。

【一同】 (笑)

【グラック教授】 簡単な答えですね(笑)。ハワイに行く前にパールハーバーについて聞いたのはいつですか。

【ジャジャ】 たぶん中学校の歴史の授業で習ったと思うのですが、正直よく覚えていません。

歴史なのか? それとも記憶なのか

【グラック教授】 いいでしょう。さて、今の皆さんの答えから何が言えるでしょう。学校で習った、と答えた人が数人いました。家族の話など、私的な理由の人が数人。映画やヒストリーチャンネル、テレビなど、イメージ的な理由を挙げた人が数人。私がこういう質問をした理由についてですが、これはどんな戦争の話をするときにもできる、次の質問につながっていくからです。つまり、「これは歴史なのか? それとも記憶なのか?」という質問です。ここで「記憶」と言うとき、それは個人の記憶ではなく、「公的記憶(共通の記憶)」のことを指します。いま私に話してくれたことは、「歴史」に属するのか、それとも「記憶」に属するのか、そのどちらでしょう。どう思いますか。

【トム】 どちらかというと歴史だと思います。

【ユカ】 歴史だと思います。

【ユウコ】 私は、歴史だと思います。記憶がひとたび教科書に書かれたら、それは「歴史」になると思うからです。

【グラック教授】 記憶が教科書になったら、「歴史」になる――ということですね。次は?

【ミシェル】 私も、あるストーリーが記憶のカテゴリーに入っていくことはあると思います。記憶というのは、いつも正しいとは限らないからです。

【グラック教授】 一方で、歴史はいつも正しい、と......。

【一同】 (爆笑)。

【グラック教授】 そう言ってくれてとてもうれしいですね(笑)。

【ミシェル】 そのギャップについてですが、個人の記憶も歴史を反映することはあるでしょう。とはいえ、記憶が呼び起こす感情は、必ずしも真実ではないかもしれません。

【グラック教授】 記憶が持つ、感情的もしくは主観的な作用が、歴史家が書く歴史書には含まれていない場合が多い、ということですね。それはつまり、こういうことです。皆さんが話してくれたことの情報源を考えたとき、そのほとんどは専門家が呼ぶところの「公的記憶の領域」に属しています。ここには、ベン・アフレックも入ってくるし、実は学校の教科書も入ってくるのです。専門的な歴史書はさておき、中学校で使う教科書は国や州によって定められています。その大きな目的の1つは、自国の歴史について人々が知るべきことを語るということです。これらは「諜報活動の失態」など、あらゆることの詳細にまではそれほど踏み込みません。

さらに、家族の物語というのは明らかに記憶であって、それだけでは歴史の全てを語れません。ヒョンスーが日本人の人類学者に出会ったという話も、歴史書からではなく記憶の領域です。9年生のときに教科書で習った内容は覚えていなくても、後になってパールハーバーについてのイメージをどこかで得た。これも記憶の話です。

私は分析手法として「歴史」と「記憶」を分けて考えることにしています。2つを定義してみることにしましょう。「歴史」というのは、歴史家が「歴史書」に書くもので、主に学者や一部の読者に読まれるものを指します。一方で「記憶」というのは、学校の教科書や国の記念館、記念祭や式典、映画や大衆文化、博物館や政治家のスピーチなどを媒介して多くの人々に伝達されます。この2つはもちろん相互に関係していて、実際には切り離すことはできません。ですが、共通の記憶を理解するためにそれぞれを一度分けて考えると、その特性を知ることができます。

ミシェルが提示してくれた疑念に答えるなら、歴史は「正確であろうと」します。ですが歴史は必ずある立場に立って書かれているので、「正確であろう」とする試みがいつも成功するとは限りません。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中