子どもの貧困と格差の連鎖を止めるには「教育以外の環境」へのアプローチも不可欠
フランスの社会学者であるピエール・ブルデューは、「文化資本」という概念を提唱し、階層の再生産の原因が経済的な要因以外の、言葉づかいや行動様式、家にある絵画や書物、あるいは美術館や博物館に行く機会などからも大きく影響を受けていることを1973年に明らかにしている。
イギリスの社会学者であるバジル・バーンスタインは、中流階級と労働者階級それぞれの子どもの発話を調べ、それぞれが用いる「言語」自体が大きく異なることを1960年代に明らかにした。中流階級の発話には抽象的で一般化された表現が用いられる(精密コード)のに対し、労働者階級の子どもの発話には具体的でその場に居合わせなければわかりにくい簡潔な表現(制限コード)が用いられていたのである。
そして学校教育のなかで用いられるのは精密コードであり、精密コードをうまく扱えない労働者階級の子どもは、学校教育のなかで交わされるコミュニケーション自体をうまく扱うことができない可能性が高いことが指摘された。
つまり、用いる言語表現のレベルですでに、出身階級による差があることを指摘していたということだ。
【参考記事】麻薬と貧困、マニラの無法地帯を生きる女の物語『ローサは密告された』
「21世紀型スキル」は家庭が生み出す
こうした「学習環境以外の要因」が格差の再生産の引き金になるというのは、半世紀前までに限ったことでも、日本以外の国の出来事でも決してない。
今日本社会のなかで注目されている「21世紀型スキル」や「キー・コンピテンシー」といった新たな能力観の形成が、家庭の環境に大きく影響を受けることが明らかになっているのだ。
新しい能力観に「ポスト近代型能力」と名付けた本田由紀は、著書『多元化する能力と日本社会』のなかで、ポスト近代型能力はどのように形成されるかについて社会的に合意されたセオリーが確立されておらず、生来の資質か、成長する過程における日常的・持続的な環境要件によって規定される、つまり家庭環境という要素が重要化するということを指摘している。
先日、とある大手企業のCSR担当の方が「もう子どもの貧困は社会的課題としては注目されなくなったんですか?」と言っているのを耳にした。否、そんな訳はない。数値の上からもこの問題の解決にはまだまだ程遠いことはよく分かる。
この問題は、「学習の環境を整備する」ということだけではなく、子どもら彼らと接する全ての大人や周りの人が状況を理解したうえで、声掛けや気遣いに変化を付けるなどコミュニケーション全般で工夫を心がけることも大切だ。
そして何よりも、企業や社会がどういった目線で人材を評価し、人材にどんな能力を求めていくのか、あるいはどういった形で彼らの能力育成を行っていくのかということとセットで考え行動して初めて、この大きくて硬い「負の構造」を崩すきっかけが見つかるのではないだろうか。
【参考記事】グラミン銀行は貧困を救えない
[執筆者]
福島創太(教育社会学者)
1988年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」 の商品開発等に携わる。退社後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学。現在は、同大学院博士課程に在学しながら、中高生向けのキャリア教育プログラムの開発に従事している。著書に『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?――キャリア思考と自己責任の罠』(ちくま新書)。