「休みたいから診断書をください」--現役精神科医「うつ病休職」の告発
企業は社員のメンタルヘルスの問題に神経質になり、必要以上の不安を抱えている。そこでなにか問題があると(問題が起きそうな予兆があった場合も)、「一度心療内科に行ってきなさい。診てもらって診断書をもらってきなさい」となるということだ。
しかもそのおおもとには、うつ病の診断をめぐる別の問題も絡んでいる。「うつ病」と「抑うつ反応」が混同されることによって、うつ病がストレスによって起こる病気の代表のように誤解されているというのだ。そのことについては後述するが、先にクローズアップさせておくべきは、うつ病が2010年代になって、1980年代の約5倍に増えたという事実である。
その第一の理由は、DSMという診断基準(一九八〇年に現在のDSM-5の雛形であるDSM-IIIが発表された)の導入です。その結果、一九九〇年代には、一九八〇年代の二倍に増加しました。
さらにもう一つ、うつ病の激増をもたらした要因は、SSRIと呼ばれる新型の抗うつ薬の発売です。SSRIは従来の抗うつ薬に比べて副作用が少なく、使いやすい薬です。それゆえ、うつ病の診断を厳密にしなくても抑うつ状態一般に使うことができます。これが発売された一九九九年を境に、うつ病はさらに急激に増加したのです。(90ページより)
特に注目すべきはDSMだと感じた。この診断基準は、当てはまる診断項目を数えることによって行う量的なもので、「経験ある精神科医が感じる質的な差異」などという曖昧なものを排除することを長所にしているのだそうだ。そのため、うつ病の定義ががらりと変わり、「疾患」であるうつ病以外のものも、たくさんうつ病に含まれることになったというのである。
長年精神医療に携わってきた私から見ると抑うつ体験反応にすぎないものが、現代の基準ではほとんどが「うつ病」ということにされてしまっています。「うつ病が軽症化した」という言い方もよくなされますが、これも同じ理由によります。見せかけの軽症化であり、うつ病そのものは決して軽症化していません。(92ページより)
そしてもうひとつ、記憶にとどめておく必要がありそうなことがある。「うつ病はストレスによって起こるもの」という認識は一般的だが、それは間違いだということ。
「ストレスによって起こる」と因果関係をはっきり説明できるものは、うつ病ではありません。それは抑うつ反応です。
うつ病は、一見ストレスによって起こっているように見え、または本人がそのように感じていても、専門医が診ればストレスでは説明できない点が必ずあります。ストレスは、発症のきっかけや悪化要因として関係しているにすぎません。逆に言えば、ストレスで説明がつかない点があることが、うつ病であるための条件(必要条件)なのです。
抑うつ反応は了解可能で、うつ病は了解不能であること――この点が最も重要な鑑別点です。 抑うつ反応は、誰もが時と場合によって陥る、正常な反応です。(中略)「こんなにひどいストレスが続いたら誰でもなる」のは、うつ病ではなく、抑うつ反応なのです。(96~97ページより)