最新記事

デザイン

戦後日本のグラフィック・デザインをつくった男、亀倉雄策

2017年6月17日(土)18時00分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 スキー場をモチーフにした国土計画のポスター(粉雪の万座)やEXPO'70のポスターはその象徴だろう。当時の広告写真は静物画的なテイストが主流。しかし、そこに報道写真と見紛うばかりのリアルな写真を用い、見る者を時代のダイナミズムに巻き込んだと色部さんは言う。

 また、カメラ自体のデザインにも参加したニコンFの仕事も象徴的だ。

「ボディ上部のペンタプリズムを、鋭角的なピラミッド形にしたのは亀倉さんのアイデアだそうです。一眼レフカメラとしては後発の1959年の発売となったニコンF は、先進的なフォルムで差別化を図り、広告でカメラの形状を強調。結果、非常によく売れてニコンは一気に巻き返しに成功しました」

 また亀倉は、企業や団体の顔たるシンボルマークを多数デザインした。

「亀倉さんは人々の理想や経営のビジョンを図像、つまりマークに託し、そのもとに多くの人の意思を束ねていくことができると証明しました。そこにデザインの技量だけではない、並々ならぬ人間力を感じます」

 グラフィック・デザイナーという職業が認知されていない頃から経済界のトップと直接対話し、理念を共有して力を貸し合うのが亀倉のスタイル。後年、リクルートとともにスキーリゾート開発に取り組むなど、デザイナーの既成概念にとらわれない行動も目立つ。

 元来の熱意がそうさせたのか、66 年の朝日新聞への寄稿の中では「デザインと経営活動は一体だ」と語り、「社長以外とは口をきかないとがん張るデザイナー」(おそらく亀倉自身だろう)が異端者扱いされることへの苛立ちを吐露したこともあった。その心境を色部さんは同じデザイナーの立場からこう説明する。

「たとえば企業のブランディングにあたる場合、その経営ビジョンを多くの人に伝えるために『翻訳する』のが僕らの仕事。そのためにトップの生の声を直接聞きたいのですが、そこに組織の壁がある。その壁を取り払うのが亀倉さんは抜群に上手く、『越境力』とでもいうべき資質がありました。海外のデザイナーや建築家の丹下健三氏と親交があったのもその表れでしょう」

 もしいま亀倉が生きていたら、やはりスターデザイナーになっていたのだろうか。色部さんに聞いてみた。

「亀倉さんのような象徴性の強い求心力のあるデザインは、いまの社会では成功しにくいんです。メディアひとつにしても、家族でテレビを囲めば満足できた頃と違い、ひとりがひとつの端末を所有して個々人に最適化された情報を求める。そこに必要なのは求心性よりも、しなやかな拡散性です。しかし亀倉さんほどのデザインスキル、越境力、人間力があれば、現代でも何かを成しえていたでしょう。時代を変えるデザインを発信していたはずです」

 デザインを極めながらその枠を飛び越える。越境する熱量が亀倉の本質であったのかもしれない。

(Text:石田純子)

色部義昭 Yoshiaki Irobe
アートディレクター
1974年、千葉県生まれ。2003年、東京藝術大学大学院修士課程修了後に日本デザインセンター入社。原デザイン研究所を経て、11年に色部デザイン研究室を開設。VIやサイン計画で高い評価を得る。

※第4回:その名は「JR」、ニューヨークを巧みに表現した驚きの手法

【参考記事】スヌーピーとデザインと村上春樹――ブックデザイン界の巨匠チップ・キッドに聞く


『Pen BOOKS 名作の100年 グラフィックの天才たち。』
 ペン編集部 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中