「男と女のどちらを好きになるか」は育つ環境で決まる?
デイヴィッド・ライマーの例は、男の脳が女性に興味を抱くのに、社会環境はほとんど影響しないことを示している。しかし、例はこの1件しかない。社会環境の影響を確かめるには、もっと多くの人を対象とした事例が必要だ。地域の少年全員に、同じ性的刺激を与え続けたとしたら、彼らはどうなるだろう? 少年が大人になったとき、そのなかの何パーセントが、その性的刺激を好きになっているだろうか?
たとえば、地域の思春期の少年全員が、大人になる通過儀礼の一環として、3~4年にわたって週に何回か、年上の10代の少年にフェラチオをさせられる地域があるとしよう。男の脳が男と女のどちらに性的魅力があると判断するかが、社会環境によって決まるのであれば、その地域で多数派を占めるのはホモセクシュアルか、少なくともバイセクシュアルということになる。
実は、そんな地域が実際にあるのだ。サンビア族の住む地域だ。サンビア族はパプアニューギニアの山岳地帯にいくつか部落を作って、単純農業を営んでいる。彼らのあいだでは、精液は男の性的能力の素(映画の主人公オースティン・パワーズの「モジョ」のようなもの)だと信じられているので、サンビア族の少年たちは、男らしく精力的な大人になるために、大量の精液を飲むことになっている。少年たちは、思春期に入ると、女人禁制の「男の家」に入る。そして彼らに、年上の少年たちが声をかける。「ほら、こうやるんだよ。これって効き目があるんだぜ!」こうして、それまでフェラチオをする側だった少年たちが、今度はされる側に回るのだ。
では、サンビア族の成人男性に、ホモセクシュアルはどのくらいいるのだろうか? およそ5%だという。この率は、西洋社会のホモセクシュアルの率とほとんど変わらない。サンビア族の男性は、20歳を超えると、ほとんどがサンビア族の女性と結婚するという。彼らの部落で暮らしたことがある人類学者のギルバート・ハートはこう述べている。「彼らにとって、少年時代のことは楽しい思い出になっている。でも、彼らがほんとうの性欲を抱く相手は女性なのだ」
このふたつの「自然の実験」は、僕たちに何を教えているだろうか? どちらの実験も同じ結論を示している。人が男と女のどちらに性欲を抱くかは、何か本能的なものによって決まる、ということだ。人間性を形成する時期に、社会から特定の性行為に関わるよう促されたとしても、それによって大人になったときの好みが決まるとは限らない。確かに僕たちは、女性の性的欲望についてはまだ調べていない。女性は男性とは違ったしくみになっている可能性がある。男性のその他の性嗜好のなかに、社会環境によって刷り込まれたものがある可能性もある。それでも、男性が男女のどちらを好むかという基本的な嗜好は、社会環境とは無関係のようだ。僕たちが性的欲望を完全に理解するには、僕たちの脳に組み込まれたソフトウエアのしくみを知る必要があるだろう。
【参考記事】ディズニーランドの行列をなくすのは不可能(と統計学者は言う)
『性欲の科学――
なぜ男は「素人」に興奮し、女は「男同士」に萌えるのか』
オギ・オーガス、サイ・ガダム 著
坂東智子 訳
CCCメディアハウス
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