最新記事

科学

「男と女のどちらを好きになるか」は育つ環境で決まる?

2017年5月7日(日)16時04分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 しかし、もしあなたがブレンダと話をしたとしたら、彼女はその実験について、まったく違った感想を語ったはずだ。彼女はすでに3歳の時点で、怒って自分のドレスを引き裂いた。人形と遊ぶのを嫌がり、おもちゃは車や銃を好んだ。なわとびの縄は、跳んで遊ぶのに使わないで、弟をむち打ったり、だれかを縛り上げたりするのに使った。幼少のころの記憶としてブレンダが思い出せるもっとも古いものは、父親に、「わたしもお父さんみたいにひげをそってもいい?」とたずねたことだという。学校では、男の子みたいな変な子だとのけ者にされ、いじめられ、拒絶された。ライマー夫妻はブレンダをガールスカウトに入れた。ブレンダはこう語っている。「デイジーで花輪を作って、こう思ったのを覚えています。『これがガールスカウトで最高に楽しいことなら、ガールスカウトなんてもうたくさん』。弟がカブスカウト(ボーイスカウトの年少版)でおもしろそうなことをやっていたんで、うらやましくてたまりませんでした」

 では、マネー博士が力を入れていた性欲のコントロールはどうなっただろうか? ブレンダは、思春期を迎えても、男の子にはまったく興味を示さなかった。不安でいっぱいのライマー夫妻に、マネー博士はこう言って追い打ちをかけた。「自分の娘がレズビアンになってもいいんですか」。ブレンダが心の葛藤に苦しんでいるのが傍目にも明らかになって、ライマー夫妻は追い詰められ、ついにほんとうのことを話した。彼女が14歳のときのことだった。ブレンダはこう述懐する。「それまで自分が感じていたことの理由が、それでやっとわかりました」。ブレンダはさっそく、名前をデイヴィッドに戻した。「僕は変な子なんかじゃなかったんです」

 彼は、乳房切除手術を受けて、ホルモンによって作られた乳房を取り除き、陰茎形成手術で、機能しない形だけのペニスを備えた。彼はかねてから女の子に大いに興味があり、デートもするようになった。最終的には結婚することもできた。しかし、マネー博士には二度と会わなかった。男に戻った10年後に、彼はこう語ったという。「あれは洗脳のようなものでした。ああいう人たちに心理戦で頭脳を攻撃されたら、体への攻撃よりもはるかに大きなダメージになるんです」

 失敗に終わったマネー博士の実験は、世界で最初のものであったが、残念ながら、最後のものにはならなかった。実験は成功したというマネー博士の楽観的な報告に触発されて、男の遺伝子を持ちながら、何らかの男性器官の欠損を抱えた何千人もの乳児が、女の子として育てられたのだ。2004年にある泌尿器科医が、男の遺伝子を持ちながら、新生児の段階で性転換をした14人のその後について報告している。それによれば、14人中、7人は男性としての暮らしに切り替え、6人は女性のまま暮らし、1人は自分の性別を語るのを拒んだという。男性に戻った人たちだけが、デートを経験し、自立した生活を送っていた。今では、医療機関は新生児の性転換手術を控えるようになったが、その理由のひとつは、デイヴィッド・ライマーの実験が悲劇に終わったことだ。2004年、38歳のデイヴィッドは自分の頭を銃で撃ち、心理戦に終止符を打った。

【参考記事】セックスとドラッグと、クラシック音楽界の構造的欠陥

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中