最新記事

科学

性科学は1886年に誕生したが、今でもセックスは謎だらけ

2017年5月1日(月)17時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 クラフト=エビングが、人間にとっておなじみの行為の科学的研究を始めてから、120年以上が過ぎた。しかしこの分野は、レディオフィジックスと比べて、いったいどれほどの業績を上げているだろうか? 両者の業績を比べるのは、アメリカとフィジー諸島のオリンピックでの金メダル獲得数を比べるようなものだ。電磁エネルギーの起源は判明しているが、性的欲望の起源については、学者たちのあいだでも諸説があり、いまだに謎となっている。さまざまな性嗜好のどれが正常で、どれが異常、病的なのかもコンセンサスがとれていない。女性のオルガスムにはどんな意味があるのか、セックスのやり過ぎは問題なのか、性的な夢想は無害なのか危険を伴うのか、といった問題でさえ意見が一致していない。

 今では、神経科学や心理学、人類学、生物学、薬理学など、多岐の分野の研究者が性的欲望の研究に取り組むようになった。そうした研究者の素朴な疑問のひとつが、「人間はなぜ○○が好きなのか?」というものだ。この問いにはまだ答えが出ていない。答えを出すには、まず○○を特定しなければならないからだ。『裸のランチ』を書いたアメリカの作家、ウィリアム・バロウズの言葉を借りれば、僕たち研究者は「1人1人のフォークの先端にあるものを見る」必要があるのだ。しかし、男と女がほんとうに好きなものをのぞき見するのは、容易なことではない。

 現代のレディオフィジックスの研究者たちは、ブラックホールを発見し、地球外生命体との交信手段も開発した。だが性的欲望の研究者たちは、いまだに男と女の性嗜好の違いを見極めるのに四苦八苦している。ハインリヒ・ヘルツとリヒャルト・フォン・クラフト=エビングが生み出したふたつの分野の業績に、どうしてこれほどの差がついたのか? その大きな原因のひとつは、「データ収集」にある。

 科学的なデータを集めるには、研究対象を直接観察するのが一番いい。活動中の対象を眺めるのに勝る方法はないのだ。しかし科学者にとって、だれかのベッドルームを観察するのは、宇宙の天体を眺めるほど簡単ではない。天体は、慎ましくカーテンを閉めたり、観察者に疑いの目を向けたりはしないが、人は、ベッドインの最中に好奇心旺盛な研究者から写真を撮られるなんてごめんこうむりたいと思っている。電波は、目には見えないが、好奇心旺盛な研究者を欺むこうとはしないし、自己欺瞞に陥ることもない。しかし、人間の場合はどちらもありうる。

 性行動の直接観察は難しいので、ほとんどの研究者が、アンケート調査でデータを集めている。しかし、無精ひげを生やした大学院生に、「あなたの個人情報が表に出ることは絶対にありません。ご安心ください」などと言われても、「あなたは自分が飼っている犬のシュナウツァーに性的魅力を感じたことがありますか?」といった問いに正直に答えたいだろうか?

【参考記事】セックスロボット:数年以内に「初体験の相手」となるリスク、英科学者が警鐘

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中