最新記事

工業デザイン

シリコンバレーに「デザイン」はなかった

2017年3月10日(金)18時37分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

1977年、世界初の個人向けコンピュータ「アップルⅡ」が誕生した。この開発秘話はあちこちで語られているが、デザイナーの名が出てくることは少ない。ウィキペディア(日本語版)でも触れられていないところを見ると、著者がデザインは「見落とされてきた」「ひどい話だ」と嘆きたくなるのも理解できる。

デザイナーは、ジェリー・マノック。スタンフォード大学でデザインプログラムを専攻し、当時はひとりで個人事務所を経営していた。彼はその後、「アップルⅢ」および初期の「Macintosh」のデザインも手がけることになる(この2つのウィキペディアには、マノックの名が入っていた)。

ジョブズはデザインに、かつてないほど高い地位を与えた。製品デザインにとどまらず、企業のブランドデザインや企業が与えるイメージも製品の価値を高めるものだとし、デザインそのものというより、デザイン全般に関する見方や考え方を変えたのがジョブズだった。

地球上に広がった「デザイン思考」

シリコンバレーにおけるデザインの力は、その後、飛躍的に拡大する。アップルの「iPhone」、アマゾンの「Kindle」、テスラモーターズの「ロードスター」......人類の歴史を変えるほどのデザインをまとった製品が、かの地から次々と登場した。

しかし、シリコンバレーのデザイン文化において最も広範囲に影響をおよぼしたのは「製品」ではない、と著者は言う。それは「デザイン思考」だ。つまり、デザイナーの考えるアイデアをあらゆる場所に応用すること。この考え方は、瞬く間に地球上に広がっていった。

【参考記事】不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない

いまやデザインは、効果的な機能を美しい形に収めることではなく、「人間経験の全般に関する包括的なアプローチ」と解釈される。ヒューレット・パッカードの計測器のツマミに始まり、フェイスブックの「いいね!」ボタンを経て、現在のデザイナーはモノではなく、システムをデザインすることを求められている。

本書で語られているデザイナーたちのストーリーは、シリコンバレーの歴史における「1ピース」かもしれないが、彼らが苦心した小さなデザインのひとつひとつが、現代の生活と社会の礎になっていることを改めて思い起こさせる。


デザインはシリコンバレーに遅れてやって来た。しかし、シリコンバレーのデザインはいつでもただの人工物ではなく、アイデアの流れを生み出してきた。このようなアイデアとアイデアを生み出した人々とそのプロセスこそが全世界に衝撃を与えてきたのだ。(303ページより)

かつて果樹園だらけだった溪谷からは、今後も人々を驚かせ、地球の未来を変える新たなデザインが生み出されていくだろう。


『世界を変える「デザイン」の誕生
 ――シリコンバレーと工業デザインの歴史』
 バリー・M・カッツ 著
 高増春代 訳
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中