最新記事

イギリス経済

メイ首相はイギリスを「新・英国病」から救えるか?

2017年1月24日(火)21時00分
トム・フォレット(英シンクタンク「レス・プブリカ」の上級コンサルタント)

産業発展のために公共投資の重要性を認めたテリーザ・メイ首相 REUTERS-Jeff Overs

<20年間投資を怠った末の格差、インフラ不足、低い生産性──追いつめられたイギリスは市場原理主義から「大きめの政府」に宗旨替え>

 イギリス政府は23日、待望の新産業戦略を発表した。もっとも目を引いたのは、国際競争力を向上させるためには政府がこれまでよりもっと積極的な役割を果たす必要があると認めた点。

【参考記事】メイ英首相が選んだ「EU単一市場」脱退──ハードブレグジットといういばらの道

 国内のインフラや製造業に対する投資が少なすぎるという不満は、一部では長年くすぶっていた。だが「産業戦略」という言葉には、基幹産業の国有化で国が衰退した1960~1970年代に経験した混乱のイメージがいまだにつきまとう。福祉バラまきとゾンビ企業の救済に象徴される「英国病」の時代だ。

 イギリス政府は、そうした後ろ向きの産業戦略のイメージを、民間の産業の繁栄を政府が後押しする正常なイメージに転換した。英国病を退治した1980年代以来の市場原理主義から「大きめの政府」へ、イデオロギー転換をしたともいえる。このことは、個々の政策よりはるかに重要だ。イギリスの現在のエスタブリッシュメント(既得権層)も、政府が経済への関与を強めるこうした産業戦略は時代の要請だと思っている。2008年の世界金融危機から生まれた嬉しい副産物だ。

【参考記事】ブレグジット後も、イギリスは核で大国の地位を守る

自由放任から政府介入へ

 与党の保守党は、減税や規制緩和を万能薬とするこれまでの立場から、さらに一歩遠ざかることになる。新戦略は、イノベーションを起こすうえで政府が果たすべき役割について、シンクタンクや大学の専門家の注目が爆発的に高まる現状を反映したものだ。その原点ともいえる一冊は、2011年に出版されたマリアナ・マッツカートによる『起業家としての国家(英題:The Entrepreneurial State)』だ。

 テリーザ・メイ首相の発表は、イギリスが直面する課題に対し驚くほど率直に明示した。だが問題の深刻さと比べると、その取り組みはまだ不十分だ。

 まず、70年代の産業衰退をきっかけに、OECD加盟国中で最大になった地域間格差を解決しなければならない。ロンドンは労働者のスキルや利便性の高い金融サービスなどで世界をリードしているが、イングランド北部の地方都市はチェコ、ハンガリーなどの中欧諸国にに近い。過去20年、政府が労働者のスキルやインフラへの投資を怠ってきた結果だ。

【参考記事】不安なイギリスを導く似て非なる女性リーダー

 労働生産性も低い。アメリカとフランスの労働者が4日で済ませる仕事がイギリスでは5日かかる。それに加えてブレグジット(イギリスのEU離脱)の衝撃でイギリスの通貨ポンドが下落し、輸入品の価格が急騰。EUの関税同盟と単一市場から撤退することで、EUとイギリスの間で関税が復活する可能性も出てきた。いわば「新・英国病」だ。産業政策を求める声はいよいよ切実なものになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中