最新記事

海外ノンフィクションの世界

哲学の使い道を、NYタイムズの人気哲学ブログが教えてくれた

2016年10月3日(月)16時12分
外山次郎 ※編集・企画:トランネット

Mark Kauzlarich-REUTERS

<政策論争は不毛か? 人工妊娠中絶は殺人か? アートの価値とは何か? 人気コラムニストでもある哲学教授が著した『いま哲学に何ができるのか?』は、哲学なんて何の役にも立たないという声に対する回答だ> (写真:1年に2回、通りの延長線上に夕陽が沈むニューヨーク名物の「マンハッタンヘンジ」)

 9月26日、米大統領選の第1回テレビ討論が行われ、ヒラリー・クリントン、ドナルド・トランプの両候補による討論を全米で約8400万人が固唾をのんで見守った。自らの政策を訴え、相手の政策や言動を批判し合った2人。終了後、メディアの評価や世論調査の結果を見ると、討論はクリントンが勝ったと考える人が多く、その理由として、クリントンが「落ち着いた」対応を見せ、トランプが「感情的だった」ことを挙げる声が多かった。

【参考記事】討論初戦はヒラリー圧勝、それでも読めない現状不満層の動向

 だが、議論が感情的な対決となってしまうのは珍しいことではないと、ノートルダム大学哲学科教授で、ニューヨーク・タイムズの人気コラムニストであるガリー・ガッティング教授は言う。政治の場における政策議論を見ても、その大半は言い争いや単なる意見の応酬にすぎない。そうした応酬をいくら積み重ねても、論理的な議論にはなりえない。政治家による熱のこもった演説にしても、実は単なるスローガンや根拠のない事実の寄せ集めにすぎないことが多い、と。

 いったい議論とはどうあるべきか。ガッティングの新刊『いま哲学に何ができるのか?』(筆者訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、その問題に対する考察から始まっている。

 すぐれた議論を行うためには、まず、相手の立場から物事を見るべきだという。相手の主張を中立的ないいまわしに置き換える。相手がそのような立場をとる理由をできるだけ肯定的なことばで的確に表現する。そうして相手の主張を正確に把握することにより、相手が明確な答えを持たない弱い論点に議論を集中させることができるというのだ。

 また、自分の見解の正しさを示す明白な事実を次々と繰り出すだけでは、その主張の正しさが決定的になるとは限らない。議論の結論を変えてしまいかねない検討事項をくまなく探し、あらゆる関連論拠をつぶさなくては、議論の解決には至らない。

 もちろん、政治の場においては、政策論争だけでは重大な問題は解決しない。社会の方向性を最終的に決定するのは議論の勝ち負けではなく、有権者による投票である。しかし、議論が質の高いものになればなるほど、有権者は自分が本当に望む人に投票できる。だからこそ、議論のあり方を考察、検証することが重要なのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了

ビジネス

仏が次世代空母建造へ、シャルル・ドゴール後継 38

ワールド

原油先物は上昇、週末に米がベネズエラ沖で石油タンカ

ワールド

豪首相支持率が再選以来最低、銃乱射事件受け批判高ま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 7
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中