最新記事

トランプ、同性婚、「価値観」の有無......阿川尚之氏に聞く米国憲法の歴史と憲法改正(後篇)

2016年8月31日(水)11時30分
BLOGOS編集部

アメリカは進歩的な国なのか?

――日本でも「ダイバーシティー」という言葉が市民権を得る中で、アメリカでは結婚を男女の間に限るとした州法を違憲とする最高裁判断が示され、歴史的判決だと大きくと報じられました。アメリカはそういった面でかなり進歩的だというイメージを持っている日本人は多いと思います。

阿川:LGBTなどの議論が憲法問題として取り上げられるのを見ていると、いかにもアメリカが進歩的だという感じがするでしょう。最近の最高裁判決やオバマ政権の政策もその方向にありますが、数は減りつつあるものの、まだまだ保守的な価値観を持つ人が大勢いて、抵抗も根強くあります。同性婚が認められたことについて「アメリカの終わりだ」と言った人もいるくらいですから、進歩的な方向にどこまで進むかは、まだわかりません。

 かつてレーガン大統領が当選した背景には、ヒッピーやフリーセックスなど行き過ぎた自由に対する保守派の反感があり、進歩主義を信奉する民主党への逆風が吹いたという事実がありました。民主党支持者なのに共和党のレーガンに投票した人も多かったんですよね。

 確かにアメリカ社会で、同性愛やLGBTに対する許容度が高くなったのは事実ですが、反対する人も多く、現在でも異なる考え方同士が常に押したり引いたりしている。

 それに、「憲法上の権利とは何か」という点についても、議論が続いています。

 合衆国憲法は、もちろん当初から個人の権利について考えていました。ただしそれはイギリス植民地時代の経験に基づいて、「これだけは国王や中央政府といえども介入できない」という権利だけを言っていた。それが20世紀後半になると、憲法を広く解釈すれば、妊娠中絶の権利、同性愛の権利、それから嫡出子でない人の権利もある...という具合に、次第に憲法で認められるべき権利の範囲が、拡大されています。

 憲法に書いていないことが本当に憲法上の権利として認められるためには、それがアメリカの伝統の一部になる必要がある、という主張があります。ある有名な判事の言葉を借りれば、「伝統や歴史に根を深く下ろしていない限り、憲法上の権利とは認めえない。選挙で選ばれていない判事が、安易に新しい権利を創りだしてはいけない」という考え方です。憲法にはLGBTの権利を守るなんて、どこにも書いてないわけですから、そのような権利をどうして憲法上の権利と認めうるのか。

 LGBTの人たちもできるだけ「平等」に扱おうという考え自体は、悪いことではないと思います。しかしそれが社会の伝統として定着するには、時間がかかります。定着する前に、議会での十分な討論と議決なしに、最高裁が憲法の拡大解釈によって憲法上の権利だと決めてしまうことには、正統性の観点から疑問が残ります。その観点から、最高裁の判断は時期尚早ではないか、という意見もあります。LGBTや同性愛者の権利を主張する際には、そうした視点も理解してほしいと思います。

 やや奇妙だと思うのは、日本の護憲派は憲法の解釈変更を嫌いますが、LGBTのような問題に関しては自由な解釈を許容する傾向があるんですよね。面白いことに、アメリカでは保守派の方が護憲で、逆に進歩派は憲法の解釈をどんどん変えていって、新しい価値観を先取りしていこうとするわけです。「改正なんか古い、これからは憲法を解釈で変えていこう」という、かなり極端な意見さえあります。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本の経済成長率予測を上げ、段階的な日銀利上げ見込

ビジネス

今年のユーロ圏成長率予想、1.2%に上方修正 財政

ビジネス

IMF、25年の英成長見通し上方修正、インフレ予測

ビジネス

IMF、25年の世界経済見通し上方修正 米中摩擦再
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 8
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中