最新記事

銃規制

黒人射殺事件の連鎖を生む元凶は

2016年8月29日(月)16時00分
ダーリア・リスウィック(司法ジャーナリスト)、マーク・P・マッケナ(ノートルダム大学法科大学院教授)

Carlo Allegri-REUTERS

<アメリカで今年立て続けに発生した警官による黒人射殺事件とダラスの警官銃撃事件の根底にあるのは、銃の蔓延が生み出す恐怖とパニックだ>(写真はダラスの事件で射殺された警官の同僚)

 フィランド・カスティールは、ミネソタ州セントポールの私立学校で食堂の責任者を務めていた。32歳の黒人男性である彼は「フィル」という愛称で呼ばれ、みんなに愛されていた。

 フィルはもういない。今年7月、セントポール近郊で自動車を運転していたとき、警官に停止を求められ、その揚げ句に射殺されたのだ。警官が車を止めさせた理由は、テールライトが壊れていることだったという。

 黒人男性が警官に射殺される事件が相次いでいる。これらの事件と人種の関係については、多くの指摘がなされている。

 ミネソタ州のマーク・デイトン知事は事件後、きっぱりこう述べた。「車の運転手や同乗者が白人だったら、こんなことは起きただろうか。起きなかったに違いないと私は思う」。デイトンの言うとおりだ。バラク・オバマ大統領も先週、フィルのような事件は特異なケースでないと指摘した。「わが国の刑事司法制度に存在する人種間の不平等を浮き彫りにしている」

 フィルの死に人種が大きく影響したことは間違いない。しかし、この事件を考える上で見落としてはならない要素がもう1つある。それは銃の存在だ。

 車に同乗していたガールフレンドの説明によれば、フィルは警官に銃を所持していると自発的に申告した(市民は警官と対したとき、銃の所持を自己申告するよう推奨されている)。

【参考記事】ダラス警官銃撃事件が大統領選の流れを変える

警官を怯えさせる銃の影

 しかし、それが警官の判断に影響することはなかった。フィルが財布に手を伸ばすと、警官はとっさに「銃だ」と思い、車に向けて発砲し始めた(ただし、その警官の証言は明らかになっておらず、発砲に至るまでの経緯を映した動画も存在しない)。

 フィルの事件の前日には、ルイジアナ州バトンルージュでも黒人男性が警官に射殺された。地面に押さえ付けられた上で、胸を撃たれたのだ。その男性、アルトン・スターリング(37)も銃を所持していた。事件の直前に自衛のために購入したものだったようだ。

 銃を所持する人が増えれば、警官も民間人も、町で遭遇する誰もが銃を持っているという前提でものを考えるようになる。その恐怖の下では、人は冷静な思考や話し合いをせずに、とっさに行動しがちになる。

 一部の警察組織が銃規制の緩和に懸念を表明しているのには、もっともな理由がある。それが警官の仕事を一層難しくすると理解しているのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アクティビスト、世界で動きが活発化 第1四半期は米

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中