最新記事

北欧

連続テロから5年 復讐という選択肢を拒むノルウェー 遺族や生存者が当時の悲惨なSMSを公開

2016年7月21日(木)16時35分
鐙麻樹(ノルウェー在住ジャーナリスト&写真家)

Photo:Asaki Abumi

<2011年にノルウェーで一人の男が77人の命を奪った連続テロ事件から間もなく丸5年。禁錮21年と短く感じられる判決に豪華な独房などの寛容さは何を意味するのか。テロ被害に遭った他の国からも視察が訪れるというノルウェー流テロとの付き合い方> (銃乱射事件が起きた島には犠牲者の名前が綴られたモニュメントがある)


「あの日」から、5年が経った。

 ノルウェーの人々の心をざわつかせる「7月22日」が、またやってくる。2011年7月22日、アンネシュ・ブレイビク受刑者(以下ブレイビク)は、オスロ中心地にある政府庁舎を爆破し8人の命を奪った後、オスロから離れたウトヤ島で労働党の青年部の関係者69人を銃で殺害した。単独犯行によって殺害された合計77人のうち、ウトヤ島では政治活動に積極的な20歳以下の若者が多くを占めた。

 犯行の動機は、ノルウェーの多文化主義やイスラム系移民から国を守るためだったとし、「残酷だが、必要な措置だった」とブレイビクは警察に話した。ブレイビクには、最高刑に相当する禁錮21年の判決が下された。「ここまで多くの人々の命を奪ったのに、最高刑が21年? 死刑はないのか?」──そう思う人も多いかもしれない。

killer-3.jpg

出廷したブレイビク受刑者(昨年) Lise Asreud/NTB scanpix/ REUTERS


殺人者に対して、ノルウェーは「優しすぎる」か?

 ノルウェーには死刑制度がない。それに加え、ノルウェーのブレイビクに対する処置は、その後も多くの国々を驚かせている。「快適すぎるのでは」という刑務所の環境、オスロ大学政治学科への通信制による入学許可。そして、「隔離収監が人権侵害だ」というブレイビクの訴えの一部は裁判所によって認定された。

【参考記事】「77人殺した囚人でも独房は人権侵害」という判断は甘すぎる?

 ブレイビクが特別扱いされているのではなく、どの受刑者とも同じ権利を国や大学、裁判所が提供しようとした結果だ。ブレイビクだけに厳格な処置をすることを、ノルウェーは拒む。異例の対応は、国の価値観の変化を意味し、ブレイビクの憎悪が勝利したことになる。ノルウェーの人々は、ブレイビクの「思う壺にはさせない」と、「憎悪犯罪に、さらなる憎悪や刑罰で答える」ことを否定する。刑務所というのは、罰する場所ではなく、社会復帰のためのリハビリを行う場所なのだ。

憎しみよりも、愛と思いやりをノルウェーは選ぶ


utoya_asakiabumi02.jpg

ブレイビクが襲撃したウトヤ島では、若い未来の政治家の卵たちがサマーキャンプを楽しんでいた。写真は2015年に撮影 Photo:Asaki Abumi


 当時、労働党青年部の党員であり、事件発生時には自宅にいたヘッレ・ガンネスタドは、ツイッターでこう呟いた。「ひとりの男性がこれだけの憎悪をみせることができたのです。私たちが共にどれだけ大きな愛をみせることができるか、考えてみてください」。この一言は国内外のメディアでも大きく報道され、当時の首相もスピーチで引用した。ウトヤ島の生存者であるスティーネ・レナーテ・ホーヘイムは、CNNのインタビューにこう答えた。「暴力は暴力を、憎悪は憎悪をうみます。これは良い解決策につながりません。私たちは、私たちの価値観のための戦いを続けます」

【参考記事】ノルウェー連続テロ犯裁判の奇妙な展開

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中