目からウロコの感情と性格の科学
そうした状況に変化の兆しが見え始めたのは、80年代に入ってからだ。学界の主流に躍り出たとはとうてい言えないが、特に鬱病に関連して、感情に注目する神経科学者が一部に現れるようになったのだ。
その1人に触発されて、私は実験を開始した。被験者の頭に電極を取り付けた上で、その人物の感情的状態を操作し、そのとき脳内で何が起きているかを明らかにしようと考えた。例えば、不快感や恐怖感、高揚感を引き起こす動画や写真を見せ、脳の反応を調べた。
実験で分かったのは、心にダメージを受けた後の回復力と、これまで感情をつかさどる部位と見なされてきた脳の領域との間に関連がないということだ。悲しみや怒りなどのマイナスな感情を克服する能力は、むしろ前頭前皮質の活動によって決まることが明らかになった。
具体的に言えば、右前頭前皮質より左前頭前皮質が活発に活動している人は、立ち直る力が発揮されやすい。逆に右が活発な人は、回復する力が乏しい。心のダメージから立ち直る力が強い人はそうでない人に比べて、左前頭前皮質の活動量が30倍に達するケースもある。
この点が明らかになると、すぐに新しい疑問が浮上してきた。前頭前皮質は感情にどう作用しているのか、という問いだ。
前頭前皮質は最も高いレベルの認知活動をつかさどり、物事に判断を下したり、将来の計画を立てたりする脳の司令塔の機能を担っているはずではなかったのか。そういう脳の部位がどうして、感情の面で重要な役割を担っているのか。
否定的感情を静める信号
疑問に答える手掛かりの1つは、前頭前皮質と扁桃体(辺縁系の一部)の間に存在する大量のニューロン(神経細胞)にある。扁桃体はマイナスの感情に関わる脳内の部位だ。不安や恐怖にさらされると、直ちに活動を開始する。
左前頭前皮質には、扁桃体の活動を抑える機能があるのかもしれない。そのため、脳のこの領域の活動が活発な人はつらい経験やマイナスの感情から早く立ち直れるのではないかと、私は考えた。
そこで脳の活動を調べるため、われわれはボランティアの被験者に電極を装着してもらい、51枚の写真を見せた。
このうち3分の1は、目に大きな腫瘍ができている赤ん坊の写真など、見る者に怒りや悲しみを感じさせる写真だ。別の3分の1は、母親が赤ん坊をいとおしそうに抱いている姿などの心温まる写真。残りの3分の1は、何の変哲もない風景などのニュートラルな写真だ。
実験では、被験者が写真を見ているとき、あるいは見た後に一瞬だけ大きな音がする。驚いた被験者は無意識にまばたきをするが、ネガティブな感情を持っているときにこれが起きると、ニュートラルな気分やハッピーな気分のときよりも、強いまばたきをすることが多くの研究で分かっている。
この実験の結果、左前頭前皮質が活発な人は、不快な写真を見て生じた強烈な嫌悪感や怒り、恐怖から極めて早く立ち直ることが分かった。
ということは、左前頭前皮質が扁桃体に抑制信号を送って、ネガティブな感情を静めているのではないかと、われわれは考えた。つまり左前頭前皮質が活発に働いていると、扁桃体の活動時間は短くなり、脳は動揺から立ち直りやすくなる。