最新記事

サイエンス

目からウロコの感情と性格の科学

2012年4月27日(金)22時21分
リチャード・デービッドソン(ウィスコンシン大学マディソン校教授) シャロン・ベグリー(科学ジャーナリスト)

 そうした状況に変化の兆しが見え始めたのは、80年代に入ってからだ。学界の主流に躍り出たとはとうてい言えないが、特に鬱病に関連して、感情に注目する神経科学者が一部に現れるようになったのだ。

 その1人に触発されて、私は実験を開始した。被験者の頭に電極を取り付けた上で、その人物の感情的状態を操作し、そのとき脳内で何が起きているかを明らかにしようと考えた。例えば、不快感や恐怖感、高揚感を引き起こす動画や写真を見せ、脳の反応を調べた。

 実験で分かったのは、心にダメージを受けた後の回復力と、これまで感情をつかさどる部位と見なされてきた脳の領域との間に関連がないということだ。悲しみや怒りなどのマイナスな感情を克服する能力は、むしろ前頭前皮質の活動によって決まることが明らかになった。

 具体的に言えば、右前頭前皮質より左前頭前皮質が活発に活動している人は、立ち直る力が発揮されやすい。逆に右が活発な人は、回復する力が乏しい。心のダメージから立ち直る力が強い人はそうでない人に比べて、左前頭前皮質の活動量が30倍に達するケースもある。

 この点が明らかになると、すぐに新しい疑問が浮上してきた。前頭前皮質は感情にどう作用しているのか、という問いだ。

 前頭前皮質は最も高いレベルの認知活動をつかさどり、物事に判断を下したり、将来の計画を立てたりする脳の司令塔の機能を担っているはずではなかったのか。そういう脳の部位がどうして、感情の面で重要な役割を担っているのか。

否定的感情を静める信号

 疑問に答える手掛かりの1つは、前頭前皮質と扁桃体(辺縁系の一部)の間に存在する大量のニューロン(神経細胞)にある。扁桃体はマイナスの感情に関わる脳内の部位だ。不安や恐怖にさらされると、直ちに活動を開始する。

 左前頭前皮質には、扁桃体の活動を抑える機能があるのかもしれない。そのため、脳のこの領域の活動が活発な人はつらい経験やマイナスの感情から早く立ち直れるのではないかと、私は考えた。

 そこで脳の活動を調べるため、われわれはボランティアの被験者に電極を装着してもらい、51枚の写真を見せた。

 このうち3分の1は、目に大きな腫瘍ができている赤ん坊の写真など、見る者に怒りや悲しみを感じさせる写真だ。別の3分の1は、母親が赤ん坊をいとおしそうに抱いている姿などの心温まる写真。残りの3分の1は、何の変哲もない風景などのニュートラルな写真だ。

 実験では、被験者が写真を見ているとき、あるいは見た後に一瞬だけ大きな音がする。驚いた被験者は無意識にまばたきをするが、ネガティブな感情を持っているときにこれが起きると、ニュートラルな気分やハッピーな気分のときよりも、強いまばたきをすることが多くの研究で分かっている。

 この実験の結果、左前頭前皮質が活発な人は、不快な写真を見て生じた強烈な嫌悪感や怒り、恐怖から極めて早く立ち直ることが分かった。

 ということは、左前頭前皮質が扁桃体に抑制信号を送って、ネガティブな感情を静めているのではないかと、われわれは考えた。つまり左前頭前皮質が活発に働いていると、扁桃体の活動時間は短くなり、脳は動揺から立ち直りやすくなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米アトランタ連銀総裁、任期満了で来年2月退任 初の

ワールド

トランプ氏、ネタニヤフ氏への恩赦要請 イスラエル大

ビジネス

NY外為市場・午前=円が9カ月ぶり安値、日銀利上げ

ワールド

米財務長官、数日以内に「重大発表」 コーヒーなどの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中