アイルランド積年の相克を鎮めた英女王
数世紀に渡る血塗られた歴史に正面から向き合う勇気が、因縁の両国関係を新たなステージに導く
遺恨を越えて アイルランド独立闘争で命を落とした兵士に献花したエリザベス女王(左、5月17日) Arthur Edwards-Pool-Reuters
腰は少し曲がり、持ちものといえばハンドバッグと笑顔だけ。そんな85歳の女性が、大偉業を成し遂げた。今週、イギリス君主として100年ぶりにアイルランドを訪れたエリザベス女王が、イギリスとアイルランドが互いに歩み寄り、新しい関係を築くきっかけを作ったのだ。
17日には首都ダブリンの追悼施設がある庭園を訪れ、アイルランド独立のために英国軍と戦い、命を落とした兵士に献花し、黙祷を捧げた。1世紀近くさまよい続けた兵士たちの霊も、これで安らかな眠りについただろう。
アイルランド国民のほとんどは、イギリス君主が戦死したアイルランド人に敬意を表したり、1920年に英国軍が一般人14人を無差別に射殺したクローク・パークを訪れる日が来るとは夢にも思っていなかった。
市民は、エリザベス女王がアイルランドのメアリー・マカリース大統領に伴われて献花するテレビ映像を、驚きと共に見つめていた。「言葉では言い表せない象徴的な意味がある」と、アイルランドのエンダ・ケニー首相は語った。
そもそもエリザベス女王の公式訪問も、数年前には想像できなかったこと。イギリス領北アイルランドの帰属を巡って争い続けたイギリスとアイルランドの歩み寄りに加え、イギリス寄りのプロテスタント系組織とアイルランドとの統一を目指すカトリック系組織の停戦と和平プロセスが前進したからこそ実現した。「ようやく関係が正常化できた今、両国が真の意味で円満な関係になるよう願っている」と、アイルランド国立大学ダブリン校のマイケル・ラッフィン教授は語った。
さらにアイルランドと北アイルランドにとって大きかったのは、エリザベス女王とマカリースがダブリンの戦争記念碑を訪れ、第1次大戦でイギリス軍として戦ったアイルランド兵士を、プロテスタント系とカトリック系の別なく称えたことだ。第1次大戦ではアイルランド人4万9400人が死亡。1921年の独立以降も、イギリス兵として戦ったアイルランド人の数は30万人に上る。
シン・フェイン党は「時期尚早」と一蹴
花輪の献呈式には、北アイルランドのプロテスタント勢力でイギリスとの連合を支持する政治家たちも参列。イギリスのために戦った兵士を称える運動を続けてきたコラムニストのケビン・マイヤーズに言わせれば、今回の花輪献呈式はアイルランドが自国民にもイギリス人にも戦死者として同じ敬意を捧げることを受け入れ、「双方に光が当たった」瞬間だった。
北アイルランドのピーター・ロビンソン首相は、戦争記念碑での式典はイギリスとアイルランドの間の亀裂というタブーを払拭する一歩になるとした上で、自国のカトリック強硬派シン・フェイン党の姿がなかったことは残念だと述べた。シン・フェインが参列すれば、プロテスタント系への敬意を示す「すばらしい機会」になっただろうと、ロビンソンは言う。彼はプロテスタント系強硬派である民主統一党(DUP)の党首だ。
現在、シン・フェイン党はDUPと共に北アイルランド自治政府を主導する立場だが、アイルランドとの統一を諦めたわけではない。同党に所属する北アイルランドの第一副首相マーティン・マギネスは式典への招待を断り、エリザベス女王による公式訪問は「時期尚早」と切り捨てた。