最新記事

食の安全

中国毒食品の深すぎる闇

2010年3月31日(水)16時10分
横田 孝、山田敏弘、佐野尚史、知久敏之(東京)
長岡義博、田中奈美(北京)
ジェイミー・カニングハム(ニューヨーク)

「中央政府の目が届くところほど法律は厳格に適用されているが、地方にいけばまったく機能していないところもある」と、中国の食品安全体制に詳しい農林水産政策研究所の河原昌一郎上席主任研究官は言う。国土が広い中国では、たとえば農薬に関して全国一律の基準を設けることは不可能に近い。害虫や土壌の質が地域によってかなり違うからだ。

 しかも法律がすべての階層に適用されているとはかぎらない。「政府が経営に関与している場合が多く、違反があってもうやむやにされてしまうことがある」と、河原は指摘する。

 日本は中国から医薬品の原料を輸入しているが、厚生労働省医薬食品局によれば、有害な成分を含有する商品が流通することは「ほぼありえない」という。他の先進国と同様、原料から製造工程まで徹底した品質管理が製薬会社に義務づけられているためだ。

 危険があるとすれば、数量に制限があるものの原則的に禁止されていない個人輸入の商品だ。安全性が確認されていない未承認の医薬品成分が入っているのに「健康食品」として販売され、被害が報告される例は後を絶たない。問題となった中国製やせ薬にもN-ニトロソ-フェンフルラミンなどの未承認の成分が含まれていた。

 食品については、中国産冷凍ホウレンソウの残留農薬問題などを受けて、06年5月に「ポジティブリスト制度」が導入された。それまで基準値が定められていなかった農薬にも暫定基準値が設けられ、違反した場合は販売が禁止されるようになった。

 この制度を受けて、中国では対日輸出のために、食品会社や現地の農家が生産管理や農薬管理を行い、民間検査機関の検査を受けることが増えたという。

 アメリカではリスクに基づいた輸入食品検査を行っている。たとえば特定の業者から輸入した食品に汚染歴がある場合、FDAがその食品の輸入に対して警告を出す。

 ただ、こうした対策が安全を完全に保証してくれるわけではない。アメリカでは輸入急増と検査官不足が深刻な問題になっている。「食品安全対策に必要な資源が慢性的に足りない」と消費者団体フード&ウオーター・ウオッチのウェノナー・ホーター理事は言う。

 日本にも同様の問題がある。残留農薬や添加物、細菌などを検査する全国の食品検疫官の数は300人ほど。検査される輸入食品の数は、保健所や民間機関による検査を含めても、輸入届出件数全体の1割にすぎない。これは「絶対的に少ない」と、ある自治体の食品衛生監視員は言う。「熱量ベースで(食料の)6割を輸入に頼る日本で、国民の安全が確保されているとはとてもいいがたい」

フグが混入してもチェックできない?

 また検査はサンプルを抜き取って行われており、残りの食品は鮮度を保つために市場に流通する。検査終了まで全食品を検疫所にとめ置くことはない。アメリカでも事情は似ており、FDAのデービッド・アキソン食品安全副理事によれば、「問題のある」食品だけが精査の対象になる。

 このため、危ない輸入食品が検査されないまま消費者の手に渡る可能性は常にある。昨年7月、千葉県の水産業者が上海から輸入した養殖の生きウナギから、厚生労働省が定めた基準値の2倍の量の有機塩素系殺虫剤エンドスルファンが検出された。大量に摂取すると頭痛や神経障害が起き、死にいたることもある薬品だ。那覇青果物卸商事業協同組合が昨年8月に福建省から輸入した生シイタケには、フェンプロパトリンという農薬が基準値の3倍残留していた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論

ワールド

北朝鮮、日米のミサイル共同生産合意を批判 「安保リ

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表

ビジネス

EQT、日本の不動産部門責任者にKKR幹部を任命
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中