最新記事

食の安全

中国毒食品の深すぎる闇

2010年3月31日(水)16時10分
横田 孝、山田敏弘、佐野尚史、知久敏之(東京)
長岡義博、田中奈美(北京)
ジェイミー・カニングハム(ニューヨーク)

 中国の一般市民が粗悪な偽物ばかりを口にしているわけでもない。「(購入する)ニセ物は主に衣類だけ。酒やタバコなど、口に入れるものは避けている」と、北京在住の元教師、張毅民(チャン・イーミン、57)は言う。

 とはいえ、中国にあきれるほどお粗末な現実があるのも事実。中国の食品安全問題に詳しい日本の専門家によれば、豚肉の重量を増やすために汚水が注入されていたと現地のテレビが報じていた。食肉加工工場を訪れた彼の知人は、「水を注入するな」と書かれた横断幕を見たという。

飲食店で使われる「地溝油」の正体

 中国の新聞やネット掲示板では、廃油を使うレストランが話題になっている。5月に広州日報が掲載した記事によれば、産廃油を化学的に処理して料理用油に見せかける「地溝油」が、いくつかの飲食店で使われているという。

 医薬品も恐ろしい。5月29日、北京市当局が朝陽区の「北京五一病院」の地下に踏み込んだところ、地下20誡のところにある約20平方メートルの薄暗い地下室で漢方薬を含む200種類、計800キロのニセ薬が保管されていたのを発見した。

 五一医院は漢方薬と西洋医学の薬をでたらめに混ぜてニセ薬を作り、病院内で処方するだけでなく、中国全土にネット販売していたという。「製造法は秘密だと言って処方箋もくれなかった」と、肝臓病で五一医院に通院していた申世傑(シェン・シーチェ、56)は言う。

 上海で家畜用飼料の原料仲介業を営むオランダ人ヤン・ウィレン・ロベンは、こうした事例を聞いても驚かない。10年前に中国進出した彼にとって、国際的な品質管理基準を遵守する会社にめぐり合う確率は「五分五分」だ。

 ロベンは山東省の工場を訪れたとき、タンパク質の含有量を多くみせるため飼料の原料に化学物質を加えていたことを知った。ほかにもいくつか工場を訪れたが、一カ所以外は「古くてかなり汚かった」。ある工場では機械から出た廃棄物がそこら中に10詢も堆積していたという。

「プロ意識に欠ける会社が多すぎる」とロベンは言う。「多くの場合、自分たちが何をしているのかわかっていない。いい企業もたくさんあるが、国際基準を満たす会社を見つけるのに苦労している」

 こうしたことはなぜ起こるのか。悪意をもって作っているというより、善悪を区別する知識が普及していないことが一因でもある。

「農村の生産者たちを責められない場合もある」と、ロベンは言う。より安全な食用肉を作るために適切な飼料を使うという概念が地方部ではあまり知られていない。

 化学物質を混ぜていては取引できないとロベンがある飼料製造業者に言うと、相手は真顔でこう言ったという。「なぜ豚の食べ物に厳しい決まりが必要なのか。人間用じゃないのに」

 検査に合格したことを証明する書類でさえ、商品の品質や生産者の誠実さを証明するものだとは思われていない。「彼らにとって、書類は紙切れのようなもの。コピー機を使って自分で作ることもあるし、それでいいと考えている」

検査される輸入品は全体のわずか1割

 中国に食品の安全に関する法制度がないわけではない。昨年11月には農産物品質安全法が施行された。飼料や農薬の使い方、環境への配慮の仕方、内容物の表示方法や検査監督の指針を定めたものだ。

 02年、中国産冷凍ホウレンソウの残留農薬をめぐって日中間で一悶着があって以来、中国の質検総局は港で輸出食品の検査をしている。日本向けの輸出品だけに適用される指針に沿って検査を行い、違反業者を罰しているのだ。だが専門家によれば、検査体制は地域によってバラつきが大きい。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、安価モデルの米市場撤退検討との報道を

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中