郵便局員が率いる「共産主義」革命
社会党のコンプレックス
「討論やインタビューでオリビエ・ブザンスノとやり合うのはむずかしい」と、レーニエは言う。「強硬に論破しようとすれば、こちらが若者をいじめる非道な人間のように思われる」
郵便局員であることも強みだ。全国の小さな町の郵便局が経営維持に苦しむなか、郵便局員は国が国民を守ることを表す最も友好的な代理人だ。国民の平等を保障する公共サービスであり、すり切れた社会をつなぐ重要な糸とみなされている。
昨年は陽気な郵便局員を描いたコメディー『シュティの国にようこそ』がフランス映画として国内で予想外のヒットを記録。ブザンスノが大きな青いかばんを提げて黄色い自転車にまたがり郵便物を配達するというイメージは追い風となり、「僕はプロの政治家じゃない」という名言を神格化する。
ブザンスノの人気は、フランスの左派のアイデンティティーの苦悩から生まれた。パリ政治学院フランス政治研究所のジェラール・グランベルクは、社会党は100年前から左派にコンプレックスをもち続けてきたと語る。「おまえたちは改革主義でリベラルだ、われわれ左派こそ本物の社会主義だと言われてきた道徳的、イデオロギー的な強迫観念が常にある」
だから革命とは程遠い社会党も、急進左派をあえて切り捨てはしない。その結果、97〜02年の連立左派内閣は週35時間労働を導入する一方で、フランス史上最も精力的に民営化を進めた。しかし気まぐれな経済政策で社会党は信用をなくし、失望したブルーカラーと公共部門の労働者の心をとらえたブザンスノが躍り出た。
今日の社会党は、ブザンスノによって左に引き寄せられている。世論調査の専門家デニス・パンゴーは新著『ブザンスノ効果』で、彼の支持基盤は拡大していて忠誠心も強まっており、社会党は呼応せざるをえないと指摘する。
サルコジはブザンスノを極右の国民戦線党首ジャンマリ・ルペンになぞらえ、追随する社会党をなじった。昨年11月の社会党党首選では、雇用相時代に週35時間労働を導入したオブリが極左派と連携し、中道寄りのセゴレーヌ・ロワイヤルを僅差で破った。
一方でサルコジは、ブザンスノの所属する過激な組織は方法論が「無責任」だと非難。ブザンスノは大統領が「社会運動を犯罪化している」と応戦した。それに対し院内総務が、「オリビエ・ブザンスノは極左の最も攻撃的で最も暴力的な要素を体現している。われわれは彼と戦う」と宣言した。
サルコジは極左に直接対決を挑むことにより、国を挙げた議論から社会党を巧みに締め出している。これは、彼が個人的や政治的にときどき左に振れることを嫌悪する与党内の保守派をなだめることにもつながっている。
「プロ」になれない事情
ブザンスノはグローバル危機のさなかにあって、「反資本主義新党」で挑む欧州議会選挙を待ち望んでいる。比例代表制の選挙は反体制派であっても少数政党に有利で、国内の政権に対する信任投票の代わりになりがちだ。
05年に行われた欧州憲法の批准をめぐるフランスの国民投票で、ブザンスノは憲法が経済的にリベラルすぎるとして反対運動を繰り広げ脚光を浴びた(批准は否決)。今年6月の欧州議会選挙を前に、世論調査で新党は正式に発足する前から8%の支持を集めた。
ただし新党は、素人が真の権力を求めるというブザンスノ自身と同じ矛盾に直面している。スターである彼が立候補すれば票は伸びるだろうが、「プロの政治家」になるために郵便局員を辞めれば個人的な信望があせる。この問題と党名は今週末に議論される。
傍流を自負するプレーヤーが国政にこれほどゆがんだ影響力をもちうることは、深い機能不全をうかがわせる。経済危機が世界をさらに左へ動かしたことによって、自分で自分の手足を縛ってきた社会党の無能ぶりが際立ち、政治発言が過激化しかねない。そしてすべてが白紙に戻って未来が見えない時期に、最悪のタイミングで最悪の策を打つリスクが高まる。
経済大国の一つであるフランスにとって、目の前の危機から抜け出すだけでも、今のところとりあえず機能している社会システムの下では難題だ。
[2009年2月11日号掲載]