外食が減った今こそ読みたい「家庭料理人」の料理本 その料理哲学
An Ode to Cooking at Home
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<プロの料理人とも、料理好きのセレブとも違う。アメリカで人気の「家庭料理人」ジュリア・ターシェンとは何者か>
外食のチャンスが減って思い知らされた家庭料理のありがたさと、奥深さ。それを誰よりも知っているのが、自称「家庭料理人」のジュリア・ターシェンだ。新著『シンプリー・ジュリア』の刊行を機に、作家ルマーン・アラムが彼女の料理哲学を聞いた。
――今度の本で、あなたは読者に「私は家庭料理人、あなたと同じよ」と語り掛けている。そこに込めた思いは何? 家庭料理人とフランス料理のシェフはどう違う?
フランス料理のシェフも、たまには家庭で料理する。でも私は胸を張って「家庭料理人」を名乗り、「家庭料理人のための本を書く」と宣言している。
なぜなら私は(プロの厨房ではなく)自宅のキッチンから、読者のキッチンへ直行する料理を書いているから。私はレストランのシェフじゃないし、ケータリング業者でもテレビに出るシェフでもない。上から目線の話じゃなく、私は読者と同じキッチンにいるの。
――子供の頃から家のキッチンで料理本を眺めていたけれど、料理学校に通ったことはないとか。調理師学校ではなく、人文系のカレッジを選んだのはなぜ?
私は幸運にも経済的に恵まれた両親を持ち、実社会で役立つ技術を身に付けろと言われることもなかったので、職業学校ではなく人文系の大学に行けた。そして詩とクリエーティブライティングを学んだ。結局、それが今の仕事に役立っている。
料理の道を選んだのは、昔からいつも食べ物やキッチンに興味を持っていたから。両親が出版社に勤めていたので、子供の頃から本や雑誌に親しんできた。家の中にあるたくさんの本棚は料理本でいっぱいで、その多くは子供の頃から読んできたもの。情熱を持って進むべき道は1つではないと、幼い頃から知っていた。
詩の勉強については、私は詩人じゃなくて家庭料理人になったけれど、レシピを書くとき役立っている。詩と同じで、レシピの文章も詳しい描写と簡潔さを両立させる必要がある。詩人たちのように無駄のない明確な表現で、レシピを読む人が香りや見た目まで想像できるよう心掛けている。
私も文章が長くなりがちだけど、詩を学んだおかげで自分の文章を編集し、短く言い切れるようになった。