最新記事

フェイクニュース

ヘレン・ケラーの存在まで疑うネット上の陰謀論

Too Saintly to Be “Real”

2021年4月2日(金)14時30分
レベッカ・オニオン

ケラーはその後、経済的な事情から米国盲人協会の仕事に就いたが、これも彼女の政治的な活動には妨げとなった。協会幹部の頭が、いわば固過ぎたからだ。

ニールセンは書いている。「彼女は一つの偏見から逃れたが、今度は別の偏見に縛られてしまった。もはや『政治的に操られている三重苦の娘』ではなかったが、今度は『政治的には無難だけれど美化され、ほとんど聖人扱いのスーパー盲人独身婦人』というわけだ」

こうしてみると、ケラーが生涯を通じて障害者の「ふりをしている」という偏見と闘う一方で、自分を美化し偶像化する動きとも闘い、自分の人間としての尊厳を取り戻そうとあがいていたことが分かる。

実際、彼女の生きざまは学校で教えられるケラー像とは異なる。「たいていの場合、彼女は感動的な手本として、さらには清廉さと高潔さの手本として描かれている」とニールセンは書いている。「子供たちは井戸端での逸話は教わるが、大人になった彼女の人生についてはほとんど教わらない」

自らも障害者である歴史家のキャサリン・カドリックは言っていた。「私たちは(ケラーのような人たちを)『スーパー障害者』と呼ぶ。あらゆる難関を乗り越えてきた偉大な人物だと」

SNS上でケラーに関するデマや中傷が飛び交うのも、どこかに「ほら見ろ、彼女だって聖人じゃなかったぞ」と言いたい気持ちがあるからだとカドリックは言う。「私たち障害者の多くはどこかでケラーを妬んでいる。彼女が常に汚れなき少女として描かれてきたからだ」

ヒーローは必ず反発される

アメリカの子供たちは(目が不自由ではない子も)幼い頃からケラーについて教わる。だが彼女に関する話のほとんどは、ケラーの幼少期の体験だ。例えば、家庭教師のアン・サリバンが自分の手に記したものが「水」を意味するのだとケラーが理解した感動的な瞬間についての、ひどく単純化された物語とか。

ニールセンは、連邦議会議事堂にアラバマ州を代表する人物として置かれているケラーの像が、井戸端に立つ幼い少女の姿であることに注意を促している。そこに焦点を当ててしまうから、ケラーは言葉と文字を知ったことで「まともな人間に生まれ変わった」という観念が増幅されるのだと、ニールセンは言う。あの彫像のケラーは聖人のようだが、そこから彼女の87年に及ぶ波乱に満ちた生涯(その多くは進歩的な主張の政治活動に費やされた)を読み取ることはできない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、巡航ミサイル発射訓練を監督=KC

ビジネス

午前の日経平均は反落、需給面での売りで 一巡後は小

ビジネス

利上げ「数カ月に1回」の声、為替の影響に言及も=日

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平の進展期待 ゼレンスキー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中