最新記事

テクノロジー

軍用ドローンで世界はどうなる 〈無人化〉時代の倫理に向けて

2018年10月10日(水)18時15分
渡名喜 庸哲

ここまでくると軍用ドローンは完全無欠の、まさしく「不死身」というべき兵器にも見える。空の高みからつねにわれわれを監視し、ビッグデータによって「異常」と診断されてしまえば、「キル・ボックス」によって細分化された「戦闘地域」への攻撃指令が送られ、説明も逮捕もなく、即座に「除去」されることになるのだから......。しかし、ドローンは、いくつかの「脆弱性」「弱点」をもっている。それは、ドローンが見ているものとオペレーターに送信された信号にズレがあったり、あるいは傍受される可能性があるといった技術的な問題や、ドローンが飛行しうる空間をあらかじめ制御しておく必要があるといった戦術上の問題にかぎられない。

軍用ドローン推進の道徳的モットーである自国の兵士の犠牲者ゼロという目標は、自国のほうは安全な聖域として守られることを前提としているが、しかしドローンという安上がりの武器は、誰でも作れてしまう。敵の側も容易に「自爆攻撃兵器」を飛ばしたり、―おぞましいことだが―犠牲となる人物に自爆兵器を備えさせて遠隔操作することで軍用ドローンと同じ機能を担わせることができるからだ。

テクノロジーの進歩で人間はどうなる?

最後に、訳者として、本書がもちうる意義について少し触れておこう。

第一に、本書には軍用ドローンに限られず、遠隔テクノロジー全般に関わるような哲学的・倫理学的な考察が含まれていると思われる。とりわけ本書は、「人間の代わり」というかたちで遠隔テクノロジーが導入されてゆくとき、代替してもらったほうの当の「人間」はどうなるかという問いを提起してくれるだろう。

掃除機をはじめ自律型のロボットが人間の代わりをしてくれることで、人間はますますの自由を手にするようになるのかもしれない。しかし、「人間の代わり」が増えてゆくと、当の「人間」そのものも代替可能になるのではないか。本書は、遠隔テクノロジーの活用によって、これまで当然のものとして受けとられてきたさまざまな概念がどのように変質するかをたどるものと言えるが、実は、その焦点は、軍用ドローンという「技術」よりもむしろ、「人間」をめぐるものであると言うこともできるかもしれない。

たとえば、本書が特化しているのは、「殺す」という行為が遠隔テクノロジーによって代替されたケースである。けれども、よく考えてみると、「殺す」というのは、人間と人間のあいだでしか成立しないのではないか。人を殺せるほどの勢いでソファーにナイフを突き刺すことができるが、物理的な動作としては同じであっても、われわれはソファーを「殺す」とは言わない。逆に、ソファーが倒れて人が下敷きとなって落命したとき、誰かがソファーを倒したのであれば「殺す」と言えるかもしれないが、ソファーが自然に倒れたのであればそうは言わない。誰かが「私」に倒させた場合はどうだろう。「私」がそうプログラムしておいた場合はどうだろう。

ドローンは、人間とソファーのようなただの物体の中間にあって、あたかも自律したロボットであるかのように「殺す」わけだが、それについての考察は、「殺す」という行為が本来いかなるものであったのか、かつて人間と人間のあいだでしか成立しえなかった事態が別のものへと変質しているのではないかと考えさせてくれるだろう。とりわけ、「見る」「聞く」「掃除する」「運転する」といった、一人でもできる行為はもとより、「会話する」「ケアする」「愛撫する」といったそもそも人間と人間のあいだでしか成立しないはずの行為が遠隔テクノロジーによって技術的に代替される可能性について考える際に、多くの示唆を与えてくれるのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中