最新記事

テクノロジー

軍用ドローンで世界はどうなる 〈無人化〉時代の倫理に向けて

2018年10月10日(水)18時15分
渡名喜 庸哲


ドローンの出現は世界を「キル・ボックス」に切り分ける。しかもイスラエル軍のドローンがガザで行ったように一般市民を巻き込むこともある。 Al Jazeera English / YouTube

ドローンは世界を「狩猟場」化する

これらにより、不審な「個人」の行動が自動的・統合的に探知されるようになるばかりでない。莫大なデータに照らして「異常」と判断されるものは、現在どこにいるかだけでなく、かつてどこにいたのかも追跡できるようになり、さらにこれからどこに行くのか「予防的予期」すら可能になる。無論、シャマユーが繰り返し思い起こすように、監視され追跡され壊滅させられるのは実際の人間であるにしても、扱われているのはつねに「データ」である。ただ、そうすると、ビッグデータによる「定量分析」が、「テロリスト」と「ひげの生えた普通の男」、「アルカイダに関連した戦闘員の行動様式」とアフガニスタンの伝統的な祭りに集った人々、「テロリストの訓練キャンプ」とエアロビクスをしている男たちを区別できるかどうかはきわめて致命的な問題となるだろう。

ドローンは、記録と予期により時間的な限界を突破するだけではなく、空間的・地理的な変容ももたらす。対テロ戦争による戦争の「グローバル化」は、ドローンの登場によって、世界全体の「狩猟場」化と捉えられる。ただしドローンによる「マンハント」は、従来のような、地上における水平的な追跡・狩猟ではない。領土的な主権原理をなし崩しにするかたちで、空からの垂直的な追跡・狩猟を可能にするからだ。これに呼応したテクノロジーもすでに考案されている。

世界は、スクリーン上に3Dで碁盤目上に仕切られた「キル・ボックス」に切り分けられる。軍事作戦は、あれこれの「地域」に向けられるのではなく、こうして細分化された「キル・ボックス」を単位としてなされることになる。これによって「戦闘地域」という考えも時代遅れのものとなり、「戦場」が、地域から家屋へ、家屋から部屋へ、部屋から個人の「身体」へと限定される。かつてのように、不動の「場所」ではなく、―まさしく逃げ回る獲物のように―動き回る「身体」こそが「戦闘地域」となるのだ。

シャマユーによれば、このような技術的──概念的な変容こそが、「対テロ戦争」の新たな展開を可能にしている。チェ・ゲバラが喝破したように、かつてのゲリラ戦における「対反乱作戦」において、空爆は有効な手段ではなかった。どこに潜んでいるか分からない反乱者を狙って地域全体に爆撃を加えると、その地域の住民にも被害が及びさらなる反乱者を生み出すことになりかねないからだ。ドローンによる空からの標的殺害は、こうした困難を除去するが、問題は反乱者やテロリストの効果的な排除という戦術的な利点にとどまらない。

シャマユーは、対テロ戦争におけるドローンの活用に対して軍内部から繰り返し発せられる異論を細かく検討することで、それがどのようなパラダイム転換をもたらしているかを指摘する。従来の対反乱作戦が政治的──軍事的なものであるのに対し、ドローンによる対テロ作戦は「根本的に警察的──保安的」である。「テロリストとは交渉しない」というのは、けっして強い政治的ポリシーを述べているのではない。対テロ作戦においてもはや交渉が不要なのは、目標が端的に「異常な人物」とされた者の排除・無力化にあるからだ。とすると、ここでは、当該地域の住民への政治的配慮は後景へと退き、「テロリスト」の特定・除去を定期的に実施するというプロセスのみが残ることになる。いかにその地域の住民に心理的な圧迫を与えようとも、定期的なパトロール(場合によっては除去)のみが要請されるわけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中