最新記事

BOOKS

「意識高い系」スタートアップの幼稚で気持ち悪い実態

2017年8月14日(月)19時19分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<52歳の元・米ニューズウィーク誌記者がIT新興企業に転職。『スタートアップ・バブル――愚かな投資家と幼稚な起業家』で内情を暴露した>

スタートアップ・バブル――愚かな投資家と幼稚な起業家』(ダン・ライオンズ著、長澤あかね訳、講談社)の著者は、米ニューズウィーク誌などで編集者/記者を務めてきた人物。本書はそんな著者がニューズウィークをリストラされ、IT新興企業(スタートアップ)の「ハブスポット」に転職し、さまざまなトラブルに巻き込まれた過程を綴ったノンフィクションである。


 9ヵ月前のある日、私は『ニューズウィーク』誌から、あっさりお払い箱にされた。「もう二度と働けないかも」と恐怖におびえたものだ。それが今や、東海岸で指折りのホットなIT系スタートアップで、マーケターになろうとしている。ただし一つ、小さな問題がある。実はマーケティングについて、何も知らないのだ。面接で「私を雇ってください!」と力説したときも、とくに問題にはならなかったけれど、本当に大丈夫?
 ハブスポットが私の入社を相当喜んでいる様子だったのを思い出し、心を落ち着ける。CMO(最高マーケティング責任者)の「頭でっかち」がハブスポットのブログで、私を採用したと発表していたし、IT系のブログも、「52歳の『ニューズウィーク』記者、メディア・ビジネスを離れ、ソフトウェア企業に転職」と大げさに書き立てている。(16ページ「プロローグ コンテンツ工場へようこそ」より)

ところが、期待を寄せて訪れたオフィスは、著者のイメージするオフィスとはまったく違っていた。端的にいえば、オフィシャルカラーのオレンジで彩られた世界。

娯楽室を兼ねた大きな会議室があり、サッカーゲームテーブル、卓球台、各種ビデオゲームなど"オフィスの必需品"も完備。蛇口からはビールが出てきて、ベーグルとシリアルを詰め込んだ戸棚も完備されていたりと、一般的な労働環境とは異なっていたのだ。笑えるのは次の記述である。


 それにしてもこのオフィスは、うちの子たちが通っていたモンテッソーリ教育の幼稚園に驚くほどよく似ている。明るい原色がふんだんに使われ、たくさんのおもちゃがあって、お昼寝部屋にはハンモックが吊るされ、壁には心安らぐヤシの木が描かれている。オフィスを遊び場のようにするトレンドはグーグルが最初だが、今では感染症のようにIT業界に広がっている、ただ仕事をするだけじゃダメ、仕事は楽しくなくちゃ!(20ページ「プロローグ コンテンツ工場へようこそ」より)

この序文に目を通した時点で、この手のスタートアップにありがちな不快感をとてもよく理解できた。規模こそ違えど、それは10数年前に私自身が国内のスタートアップに対して感じた"気持ち悪さ"とまったく同じだったからだ。

早い話が根底にあるのは理想論だけで、浮き足立っていて、何かを生み出しそうなリアリティが欠如しているのだ。つまりハブスポットは、そんな"よくないスタートアップ"の典型的な例なのだろう。"ハブスポットの仲間"を「ハブスポッター」と呼ぶなど、昨今の「ユーチューバー」と大差ない気持ち悪さである。

【参考記事】シリコンバレーが起業家を殺す

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、和平巡る進展に期待 28日にトラン

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など

ワールド

中国、米防衛企業20社などに制裁 台湾への武器売却

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中