最新記事

発達障害

「普通の父親」になれなかった僕が、妻と娘と生きていくために受け入れた役回り

2022年8月6日(土)09時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

「家族を守る」ことは僕にはできなかった

「自然」だった娘は、立派な社会的動物に成長していた。

妻の場合とは逆に、娘とは言語コミュニケーションを心がけていた。抱っこや肩車といった非言語コミュニケーションは生まれた頃からできていたが、娘の成長により、言語コミュニケーションが有効になっていたのだ。

(妻の割れたケータイについて)「あたらしいのかってあげよっか」
「もうだんごむしはおうちかえってねるの!」
「ねえねえ、たのしいね」

お話が上手になった。

また、娘はイヤイヤ期の真っ只中だった。まずは話を聞いて受け入れ、言葉を返す。そうしているうちに、「おむかえパパがいい!」と言葉で示してくれることもあった。

ふと我に返った。娘と僕の親子関係は、休んでいた期間が長かったから、よく接していて、ずっと良好だったのだ。妻の仕事が忙しかったこともあり、娘とふたりで過ごす時間もとても多かった。よくいろんな話をした。

「普通の父親」が思い描くような「家族を守る」ことは僕にはできなかった。壊しかけてしまって、心が折れていた。しかし、家族という抽象的な概念ではなく、この妻と娘との具体的な「関係」を守る役割ならできるかもしれない。個別の人間同士として、三人でともに暮らして、少しでも良い影響を与え合えたら良いのではないか、と。

背伸びして、肩に力を入れて作っていた「父親像」はとうに崩れていた。親はひとまず、子が大人になるまでの二〇年程度の間、本人のサポートを任されているだけの立場であることを考えよう。

建築に「柔構造」と呼ばれる構造形式がある。揺れを剛つよくはね返すのではなく、受け入れて、自らも柔らかく揺れながら受け流す構造だ。僕は、目指す父親像を「剛」から「柔」に変えた。

言い換えれば、ケア役割を主体的に担うことである。この時期も、寝かしつけやお風呂のサポート、保育園の送り迎えをやっていた。娘に対して取っていたケアの姿勢を、さらに妻にも適用し始めればいい。

僕の誕生日に、娘は「パパのたんじょうびじゃない!」と言って、自分でろうそくの火を消していた。自分の誕生日でないことが不満だったのだ。妻の誕生日も、すべての誕生日が娘のものになっていく。それを僕は、笑って見ている。

発達障害のある自分を受け入れ、家族のケア役割も受け入れることで、歯車が嚙み合い始め、視界がスカッと開けてきたのだ。

endo220804_book.jpg『僕は死なない子育てをする: 発達障害と家族の物語』
 遠藤 光太 著
 創元社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


20250311issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年3月11日号(3月4日発売)は「進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗」特集。ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニスト、29歳の「軌跡」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中