圧倒的な謎、東京上空に現れた「巨大な顔」の舞台裏──「目[mé]」とはどんなアーティストか?
『たよりない現実、この世界の在りか』 資生堂ギャラリー
目[mé]として東京で初の個展。地下のギャラリーに足を踏み入れると、そこは既視感のあるシックなホテルの内廊下と客室。内装から備品、宿泊の跡、漂うニュアンスまで、本物のようにつくり込まれた空間をたどるうちに、観客は不思議な仕掛けに気づく。違和感を見つめた先には、反転した世界が存在している。荒神が5歳の頃、寝転がって空を見ていたら、空へ落ちていくような不安を覚え、現実という足元の不確かさを認識したという経験にもとづいたインスタレーション。
『Elemental Detection』 さいたまトリエンナーレ 2016
旧・埼玉県立民俗文化センターの屋外にダイナミックな風景を設置。緑に導かれるように小道のトンネルを抜けていくと、美しい池に出くわす。だが、それは水ではなく鏡のようなテクスチャー。裸足で歩くと、記憶に紐づく水のあり方と目の前の現実が齟齬をきたすよう。林を通って幻の池が開け、体験してまた同じ道を帰るという、一連の動線をアートとして成立させた。マクロな自然の景色とミクロな実体の間に横たわる錯覚は、19年に森美術館で展示された『景体』にも通じる。
『信濃大町実景舎』 北アルプス国際芸術祭2017
鷹狩山の頂の建物に白く有機的な空間をつくり、トンネルの出口のようでもあり、窓のようでもある開口部から、北アルプスの景色を展望する作品。ものを見る手がかりであり、ときに見る対象を意味づけて切り取る「窓」は、目[mé]にとって大切な要素。同年に参加した宮城県石巻市の「リボーンアート・フェスティバル」でも、窓がテーマの『repetition window』を出展。窓から景色を眺める観客、また観客も窓枠に収まる作品として外から眺め返されるといった状況をつくり出した。
『非常にはっきりとわからない』 千葉市美術館
目[mé]にとって初の美術館での大規模個展。展覧会本番に通常あるはずのない養生シートと脚立、ベニヤなど資材が組まれた、設営真っただなかの現場感と作業員の動きそのものが、いわば作品。観客は美術館という舞台装置に引き込まれる。同じ展示室が2フロアに分けて設置され、壁にかかる美術品もそっくり同じ。あたかも時空を超えて展示室を行き来する感覚に陥ったり、建物の外で休憩する作業員も作品の一部であるなど、作品とそうでないものの境界が奪われる展示だ。