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20万円で売られた14歳日本人少女のその後 ──「中世にはたくさんの奴隷がいた」

2021年7月18日(日)08時35分
清水 克行(明治大学商学部 教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

こうした当時の人々の意識に押されて、鎌倉幕府も飢饉下の人身売買には目をつぶらなければならなかったし、本来違法である人身売買でも、その売買契約書に「飢饉下である」旨が記載されていれば、合法扱いとされたのである(さきに挙げた人身売買文書の一節も肉親の情愛が吐露された文面とみることもできるが、一方で、本来は違法である廉価の人身売買契約を合法化するため、主人側から求められて書かされた可能性もある)。

この後も戦国時代まで、日本中世では「飢饉」や「餓死」を理由に、人身売買は半ば合法化されることになる。飢饉にともなう人身売買は、中世社会を維持するためのサブ・システムとして、社会の構造に組み込まれていたわけである。

人買いの側の「正義」

さて、そう考えると、「自然居士」で人買い商人たちが主張した「人を買い取ったら、ふたたび返さない」という「大法」も、あながち不当な言い分とはいえなそうである。

さきの延応元年の鎌倉幕府法の前段では、飢饉下では特例として人身売買を公認したと述べていたが、その後段では、「しかし、その後になって、身売りした者を飢饉のときの安い物価で買い戻そうというのは、虫の良すぎる話である」という文章が続いている。これは、人買いたちのいう「人を買い取ったら、ふたたび返さない」という主張によく似ている。

日本を揺るがした未曾有の大飢饉が収束して8年、当時、破格の値段でわが子を手放した親たちが自身の生活を立て直し、あのときに手放したわが子を買い戻そうという動きが全国で現れていた。問題は、その際の値段交渉である。

飢饉下では貧乏人の足元をみて二束三文に買い叩いておきながら、飢饉が収まったら、常識的な相場でないと返さないなんて、あまりに悪辣だ、というのは親たちの当然の言い分だろう。

しかし、さきの人身売買文書で売買対象になった者たちの年齢に注目してほしい。ほとんどが現代なら小学生ていどの年齢なのである。成人と同じ労働量は見込めない。それでも、彼らに食事や衣服は与えなければならない。

だとすれば、飢饉当時と同価格での買い戻しが認められてしまったら、下人を購入した主人たちは、将来への投資として彼らを養育しておきながら、その投資をまったく回収できないことになってしまう。

「正義」の反対にある「もう一つの正義」

これでは、バカをみるのは主人たちである。不景気のときは平身低頭して身売りしておきながら、景気が良くなったら恩を忘れて、現在の物価を無視して買い戻そうとするなんて、ありえない。これは、主人たちの側の当然の言い分だろう。鎌倉幕府法で飢饉当時の価格での買い戻しを禁じているのも、それなりに意味のあることだったのである。

現存する人身売買文書のなかには、「飢饉のため当時(=現在)の200文は、日頃の2貫文にも当たり候」という一文を書き加えているものもある(『池端文書』)。これも、後日、購入価格が不当であるというクレームをつけさせないために、購入者側の要望で加えられた一文なのだろう。

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