最新記事

ロック

「3分過ぎても歌が始まらない!」 あなたは『プログレ』を知っていますか?

2021年6月1日(火)18時00分
馬庭教二 *PRESIDENT Onlineからの転載


 yesofficial / YouTube

バックのドラムやベースの演奏は相変わらず奇妙(下手くそという意味ではない。たぶんものすごく上手だと思う)だし、どういう楽器なのか知らないが「ピヨピヨピヨピヨピコピコピコピコ」という音がずっと背後で鳴り続けている。

こうしてテーマらしき歌が終わると、今度は荘重なオルガンをバックにゆっくりした歌が始まった。さっきのテーマらしき歌のバリエーションのようである。この部分は主旋律とコーラスの掛け合いがとてもきれいだ。

鍵盤楽器が高らかに響きわたってこのパートが終わると、再びフルバンドの演奏に突入し、最初に聞いた「歌」(要はこの曲のたった一つの歌である)が、もう一度リズムを変えて演奏される。さっきよりもっともっと速く、もっともっと強くだ。

そうして最後の最後に、背筋が震え胸がキューッとうずく瞬間が訪れた。疾走してきたリズムがぐぐぐぐぐっとゆるんだかと思うと、曲全体のなかでもっとも親しみやすく、切なく、甘酸っぱいサビのメロディが、これまでになく鮮烈なコーラスを伴い再現されたのだ。

その心地よさをどのように表現すればいいだろう。

真夜中に高い高い岩壁を登っていって満天の星をいだく頂上に頭をつっこみ見上げた瞬間の達成感とでも言おうか。高い高い滝の上からはるか眼下の滝つぼに向かって身を投じた刹那の浮遊感とでも言おうか。ともかく、レコードに針を下ろしてから20分近くかけて溜めに溜めてきた何物かが解き放たれる、信じがたい快感だった。

あまりのカタルシスに腰がくだけたようになっていると、音楽は冒頭と同じ、鳥のさえずりと川のせせらぎの音に包まれて終息した......。

ただただ「かっこいい」と繰り返した

私はしばし、言葉を失っていた。

「かっこいいだろう」
「うん、かっこいい! かっこいい!」
「そうだ、かっこいいんだ」
「かっこいいなあ。かっこいいなあ」

まるでバカだが、今どきの若者が何にでもかんにでも簡単に付ける「超」だの「すっげー」だの「やばい」や「くそ」(何と誉め言葉として使っている)だのの形容詞を持たない2人は、ただただかっこいいかっこいいと繰り返すのだった。

アルバムの内ジャケットには、広大な湖から青々とした清流が下界に流れ落ちる、この世のものとは思えない美しい景色が描かれていた。裏表紙には、5人のバンドメンバーとプロデューサーという肩書きの人物の写真が印刷されており、これがまた6人が6人ともかっこよかった。少女マンガで描かれる白馬に乗った王子様並みにハンサム揃いな上に、着ている服も、ポーズも、そしてまた「リック・ウェイクマン」とか「ビル・ブラッフォード」といった彼らの名前も。ともかく何もかもがかっこよかった。

翌日さっそくレコード店に走った

翌日、さっそく私はレコード屋に行って、そのアルバム『危機』("Close To The Edge" 1972年。イエスの第5作。「危機」はそのタイトル曲、18分45秒)を買った。以来、文字通り擦り切れるまで、レコードをかけすぎてパチパチパチというノイズだらけになるまで聴いて、後年もう1枚同じレコードを購入することになる(そのあとCDも何枚も買いました)。

「N君、イエスには本当にまいった。もっとプログレのレコードを聴かせてくれ、頼む」

プログレッシヴ・ロック(Progressive Rock)が「進歩的なロック」を意味することは辞書を引いて確認していた。プログレと縮めて呼ぶのがいかにも通らしくてかっこいい。友人Nには2つ違いの兄がいて、今から思えば田舎の高校生にしてはなかなかにませていたのだろう、プログレをはじめ外国のロックのレコードをたくさん持っていた。N君というより正確にはN君の兄が、私の運命を変えた恩人なのである。

以上が、48年前のあの日、初めて「危機」を聴いた時の記憶である。驚くべきことに、この曲が私に与えてくれる「心地よさ」は、あれから数えきれないほど聴いてきた今でもそれほど変わっていない(さすがに「驚き」だけはなくなったのだが、それでも聴くたびに何かしらの発見がある)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

インドネシア中銀理事に大統領のおい、議会委員会が指

ビジネス

欧州委、XのAI「Grok」を調査 性的画像生成巡

ワールド

カナダ首相、3月初旬にインド訪問か 貿易多様化を推

ワールド

EU、ロシア産ガス輸入停止を承認 ハンガリーは提訴
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 7
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 8
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 9
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 10
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中