最新記事

人生を変えた55冊

閻連科:中国のタブーを描き続けるノーベル文学賞候補が選ぶ意外な5冊

2020年8月13日(木)19時05分
閻 連科(イェン・リエンコー)

徳田秋声から学んだこと

『縮図』(徳田秋声、46年)――これは、今日ではもはや日本の読者でさえ改めて読むこともない小説かもしれない。しかし80年代の半ば頃、この本とアメリカの作家マーガレット・ミッチェルによる『風と共に去りぬ』が、中国の「紅色経典(中国共産党をたたえる共産党的模範文芸作品)」の海の中から私を岸に引き上げてくれたのである。


『縮図』
 徳田秋声[著]
 岩波書店ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

一足先に『風と共に去りぬ』によって革命物語以外にももっと面白い本があるということを知った私は、『縮図』によって政治、戦争、恐怖の空の下、徳田秋声がいかに人を愛し、市井の生活を理解するのかを知った。

徳田秋声もまた、『風と共に去りぬ』の素晴らしさ、その素晴らしさが大衆の好むところにあることを教えてくれた。そして『縮図』の素晴らしさは、チェーホフのように人間が生きるということについての厳粛な理解にある。一時期、何度も何度も繰り返し『縮図』を読んでいたので、初めのほうの長い文章をそらんじることができるほどだ。

徳田文学の叙述の簡素で的確で飾り気のないところに引かれた。その頃、この本と『聖書の物語』が頭の中に一虚一実の両極端として存在していた。今日に至っても、何となく本棚からこの『縮図』を取り出し、静かにぱらぱらとめくっては、目に付いたところを読んでいる。

『ペドロ・パラモ』(フアン・ルルフォ、55年)――現在、中国ではフアン・ルルフォのこの本を『佩徳羅・巴拉莫(ペドロ・パラモ)』と音訳するようになっているが、最初に中国に入ってきたときのタイトル『人鬼之間』のほうがいいと私は思っている。


『ペドロ・パラモ』
 フアン・ルルフォ[著]
 邦訳/岩波書店

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

90年代の初め、この小説においては人間と幽霊の区別がないことに、私は気が狂いそうになった。この本のせいでラテンアメリカ文学と20世紀文学に夢中になった。記憶の糸をたぐることを、この本が私に教えてくれた。記憶に沿って故郷に向かったとき、私は土地に通じる隠された道を見つけることができた。

『発現小説(小説の発見)』(閻連科、2011年、邦訳なし)――これは私が読んだ本ではなく、私が10年に書いた文学理論の本である。私の創作に影響した本について語るとしたら、より内在的に私の文学に対する認識と創作を変えたのがこの本である。この本を書くことで、20世紀文学が19世紀文学と同じように偉大で素晴らしいものであることが分かった。本と著者が一緒にいたら、どちらが皇帝で、誰が奴隷なのかという主従関係が分かった。鎌とニラとニラを食べる人が分かった。

とりわけこの本が思い知らせてくれたのは、われわれは21世紀に生きているのに、書いているのは20、19、18、17世紀ひいては16世紀の小説と物語であるということだ。私が文学、生活そして21世紀において至らない作家であることをこの本が思い知らせてくれた。文学創作における浅学非才の徒であるということを。

【関連記事】特別寄稿 作家・閻連科:この厄災の経験を「記憶する人」であれ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入の有無にコメントせず 「24時間3

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中