最新記事

言語学

ナスはドイツ語でもNASU? 言葉はモノに名前をつけることから生まれる

2020年6月16日(火)17時05分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)

arxichtu4ki-iStock.

<パン、かるた、ビール。外来語の多くは異国人が使っていた言葉の音をそのまま日本風に発音したものだ。逆に日本語が欧米語にとりいれられるときも同じ。いつの時代でもわたしたちは、名がわからなければ知りたいと思い、なければ名づけようとする>

パン、かるた、ボタン、たばこなどは、16世紀に宣教師を通じてポルトガル語やスペイン語が入ってきて定着した「日本語」だというのはよく知られている。「ビール」はそれよりも少し遅く、18世紀にオランダから日本にもたらされた。そのため、英語やドイツ語(ビア/ビーア)ではなく、オランダ語の「ビール」が定着した。

このような外来語の多くは異国人が使っていた言葉の音をそのまま日本風に発音したものである。それまで自国になかったものは翻訳しようがないので、当然原語のままとりいれることになる。

それはどの国でも同じだ。逆に日本語が欧米語にとりいれられた例としては、「サクラ」や「ゲイシャ」「キモノ」に始まり、「カラオケ」「カラテ」「スシ」そして、近年では「ウマミ」などが挙げられる。

わたしが日本語をドイツに「輸出」した体験

実は半世紀前、わたしも日本語を海外に「輸出」したことがある。1960年代の終わり、ドイツに行ってまもなく、南ドイツにある友人の実家に遊びに行った。人口5000人ほどの小さな、しかし歴史のある町だ。せっかくなので何か日本料理をごちそうしたいと思い、精進揚げを作ることにした(天ぷらにしたかったが、当時のドイツの田舎では海老や魚は手に入りにくかった)。

人参、玉ねぎ、じゃがいも、そしてナスに決めた。しかし、ドイツ語でナスを何というかわからなかったので、友人やその家族に説明したが、さっぱり通じない。そもそも当時のドイツではナスは知られていなかったのだ。

「イタリアではよく食べるけど......」と友人に言うと、「それじゃ、町はずれの八百屋さんに行きましょうよ。あそこなら出稼ぎに来ているイタリア人が大勢近くに住んでるから」と連れて行ってくれた。

小さな店の奥にかごに盛られたナスがあるのが目に入った。案の定、名札はない。うれしくなって、思わず店のおばさんに大きな声で言った。

「あのう、そこのナス(NASU)ください」

「NASU?」おばさんは怪訝そうに、しかしはっきりと繰り返した。

「そう、ナス」わたしが大きくうなずくと、おばさんも大きくうなずいた。

しばらく経ってから再び友人の家に行った際、前回好評だった精進揚げをまた作ろうと、あの時の八百屋さんに出かけた。そこでわたしは目を見張る出来事に遭遇することになる。なんと山盛りのナスのかごに大きく「NASU」と書いた札が立ててあったのだ。

【参考記事】欧米の言語はなぜ繰り返しが多く、くどいのか?

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

アップル、新たなサイバー脅威を警告 84カ国のユー

ワールド

イスラエル内閣、26年度予算案承認 国防費は紛争前

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 7
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 8
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 9
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中