「性欲はなぜある?」が揺るがす常識 現代美術家・長谷川愛が示す「未来」
生殖を巡る議論に「当事者不在」の危機感
もうひとつ、ある危機感も抱いていました。
生殖技術は日々進歩しています。ただいつ、だれがその技術の可否を決めているのか。
卵子の凍結時期によってその後の妊娠率も変わります。日本では2013年、日本生殖医学会が独身女性の卵子凍結を認める指針をまとめました。英国ではその数年前に認可されたと記憶しているのですが、この数年の差で、同じ女性でも凍結できた人とできなかった人が生まれた。
指針を決めた、同学会の倫理委員会のメンバー12人のうち女性はたった1人。事実上の「当事者不在」でした。卵子凍結の可否は日本の人口の半数を占める女性の問題ともいえるのに。
人口が半数の女性でさえこの状況です。性的少数者の場合はさらに困難でしょう。同性婚も2013年以降認める国が増えたのですが、日本では何の議論もされていなかったように記憶しています。自治体レベルでは同姓パートナー制度を設けるところが広がっていますが、日本政府はいまだに同性婚を認めていません。しかも今の日本では議論する場すらオープンになっていない。
「新しい技術を用いた、古い血縁主義」という指摘
『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』を巡って、様々な属性、立場の人たちの議論が起きました。
なかでも血縁主義に関する指摘が印象的でした。同性間での子づくりが可能になると、養子縁組が廃れ、血縁主義に逆戻りしてしまうのではないか。なぜ血が繋がった子どもだけを愛そうとするのか。新しい生殖技術を使いながらも、その下敷きとなる価値観は古いのではないか、と。確かにその通りだと思います。自分では考えつかない意見から、新しい学びを得られました。
いつか、男性の妊娠・出産も可能になるのでは。そんなことをいう医師もいます。科学技術は欲望を糧に進化する。であれば、いずれ実現するのかもしれません。
※インタビュー前編はこちら:「撃たれやすい顔」を検知する「銃」──現代美術家・長谷川愛とは何者か
長谷川 愛
静岡県出身。アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーを経て英国王立芸術大学院でMA取得。マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボに留学後、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞。
取材・文:山下久猛 写真:西田香織 編集:錦光山雅子
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