最新記事

インタビュー

「性欲はなぜある?」が揺るがす常識 現代美術家・長谷川愛が示す「未来」

2019年8月14日(水)16時30分
Torus(トーラス)by ABEJA

torus190814hasegawa-2-4.jpg

"娘たち10歳の誕生日。上には彼女達の性格や能力に関するといわれているSNPs 情報がそれぞれ書かれている。" "この子どもたちの"存在"に対してあなたは何を思うのだろうか?その議論の行方により、今は"impossible baby"だが、近い未来 i'm possible baby になるかもしれない。" (Ai Hasegawaより)

生殖を巡る議論に「当事者不在」の危機感

もうひとつ、ある危機感も抱いていました。

生殖技術は日々進歩しています。ただいつ、だれがその技術の可否を決めているのか。

卵子の凍結時期によってその後の妊娠率も変わります。日本では2013年、日本生殖医学会が独身女性の卵子凍結を認める指針をまとめました。英国ではその数年前に認可されたと記憶しているのですが、この数年の差で、同じ女性でも凍結できた人とできなかった人が生まれた。

指針を決めた、同学会の倫理委員会のメンバー12人のうち女性はたった1人。事実上の「当事者不在」でした。卵子凍結の可否は日本の人口の半数を占める女性の問題ともいえるのに。

人口が半数の女性でさえこの状況です。性的少数者の場合はさらに困難でしょう。同性婚も2013年以降認める国が増えたのですが、日本では何の議論もされていなかったように記憶しています。自治体レベルでは同姓パートナー制度を設けるところが広がっていますが、日本政府はいまだに同性婚を認めていません。しかも今の日本では議論する場すらオープンになっていない。

torus190814hasegawa-2-5.jpg

「新しい技術を用いた、古い血縁主義」という指摘

『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』を巡って、様々な属性、立場の人たちの議論が起きました。

なかでも血縁主義に関する指摘が印象的でした。同性間での子づくりが可能になると、養子縁組が廃れ、血縁主義に逆戻りしてしまうのではないか。なぜ血が繋がった子どもだけを愛そうとするのか。新しい生殖技術を使いながらも、その下敷きとなる価値観は古いのではないか、と。確かにその通りだと思います。自分では考えつかない意見から、新しい学びを得られました。

いつか、男性の妊娠・出産も可能になるのでは。そんなことをいう医師もいます。科学技術は欲望を糧に進化する。であれば、いずれ実現するのかもしれません。

torus190814hasegawa-2-6.jpg

※インタビュー前編はこちら:「撃たれやすい顔」を検知する「銃」──現代美術家・長谷川愛とは何者か

長谷川 愛
静岡県出身。アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーを経て英国王立芸術大学院でMA取得。マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボに留学後、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。『(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞。

取材・文:山下久猛 写真:西田香織 編集:錦光山雅子

※当記事は「Torus(トーラス)by ABEJA」からの転載記事です。
torus_logo180.png

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

次期FRB議長の条件は即座の利下げ支持=トランプ大

ビジネス

食品価格上昇や円安、インフレ期待への影響を注視=日

ビジネス

グーグル、EUが独禁法調査へ AI学習のコンテンツ

ワールド

トランプ氏支持率41%に上昇、共和党員が生活費対応
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中