最新記事

BOOKS

吃音の人と向き合うときに知っておきたいこと

2019年1月21日(月)19時22分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<吃音には3種類ある。吃音が発症するのは言語の発達が劣っているからではない。吃音者が話しにくい相手にはいくつかの傾向がある......>

私が中学1年生だった年に、父が家を建てた。念願の部屋をもらえることになったのがうれしく、働く職人さんたちの姿を毎日のように眺めていたことを覚えている。

現代のように大手建設会社が仕切っていたわけではなく、自営の大工さんが職人たちを集めてきていた。だからみんな仲がよく、私もよく雑談の相手をしてもらったりしていた。

「やってごらん」と、カンナを引かせてもらえたりすると、なんだか大人扱いされたみたいな気がしてうれしかった。

そんな中にひとりだけ、寡黙な左官屋さんがいた。絵に描いたように頑固そうな職人で、周囲の人間ともあまり交わろうとしなかった。他の職人さんもまた、距離を置いているように見えた。

だが、それには理由があった。彼は吃音者だったのだ。「だから、あの人はあまり他の職人さんと交流を持たないのだ」と、私も母から聞いていた。

でも、なぜか私はその人が好きで、彼もまた、なぜだか私には心を開いてくれた。他の職人さんが帰ったあとも残って作業をする彼と、建てかけの家の木材に腰かけながらよく話をした。

記憶に残っているのは、言葉を交わすようになったばかりのある日のこと。そのとき初めて、彼がどもるところを見たのだ。

吃音のことを事前に聞いていて、しかも気を遣っていたつもりだったにもかかわらず、彼がどもった瞬間、ちょっとだけ笑ってしまった。もちろん悪意はなかったのだが、「大変なことをしてしまった」と後悔した。

でも彼は怒りもせず、恥ずかしそうに、小さく笑いながらつぶやいたのだ。

「へへっ......ど、どもっちゃうんだよ......」

理由をうまく説明できないのだが、そのとき、彼のことをいっそう好きになった。そう打ち明けてくれたことが、なんだかうれしかったのだ。

『吃音の世界』(菊池良和著、光文社新書)を読んでいたら、40数年前の、そんな記憶が蘇ってきた。著者は、吃音症を専門とする医学博士である。


 私自身、吃音があり、今も症状があります。吃音が始まったのは幼少期で、そのことで、人に笑われたり、注意されたり、怒られたりといったことを繰り返す中で、吃音があること自体、悪いことで恥ずかしいことだと思っていました。そして中学一年生のとき、「吃音の悩みから解放されるには、医師になるしかない」と心に決め、その道に進みました。(「まえがき」より)

著者によれば、吃音には、最初の語を繰り返す「連発」(ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは)と、最初の言葉を引き延ばす「伸発」(ぼーーくは)と、言葉が強制的に発話阻害される「難発」(.........ぼくは)の3種類があるのだという。この説明を目にしたとき、自身の吃音に対する理解の低さを感じた。

確かに言われてみればそうなのだが、私のイメージする吃音といえば「連発」しかなかったからだ。つまり日常生活を続けていくうえで、「吃音は3種ある」などということを意識する機会はなかったということだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者が訪米、2日に米特使と会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中