最新記事

BOOKS

意外や意外、広い話題で穏やかに、資本主義へ別れを告げる

成長志向に疑問を呈し、行き着く「人間破壊」に警鐘を鳴らす『さらば、資本主義』

2015年12月7日(月)15時42分
印南敦史(書評家、ライター)

さらば、資本主義』(佐伯啓思著、新潮新書)は、京都大学名誉教授である著者が『新潮45』に連載している「反・幸福論」の、2014年9月号から2015年6月号分までをまとめて書籍化したもの。

「その時々の時事的なテーマを論じつつ、その背景にある思想的な問題を明らかにする」という方針に基づいているだけあり、原発問題にはじまり朝日新聞の報道姿勢、果ては"故郷"に対する思いなど、こちらの想像以上に話題が広がっている。

 なお著者は1949年生まれとのことなので、団塊世代の終わりにあたる。つまり、日本経済にいちばん勢いのあった時代に育ったということになろう。さて、そんな人は現在の日本の状況をどう見ているのだろう?

 まず評価すべきは、多くの人々が知りたがっているに違いない諸問題を、読者に目線を合わせ、わかりやすく解説してくれる姿勢だ。基本的には穏やかな口調で、ときにジョークも織り交ぜながら語る姿勢には、少なからず共感できる。

 ただ、そのジョークのたぐいがあまりおもしろくない。重箱の隅を突くつもりはないが、「頭のいい人が無理してんなぁ......」といった印象を否めず、どうにも気になってしまうのだ。そして結果的にそれが"本当に伝えたいであろうこと"を、見えにくくもさせている。


しかし「地方創生を成長戦略に」といわれるとハテナと思わざるを得ません。またまた「成長戦略」なのです。教育も観光も女性の社会進出もあまねく「成長戦略」なのです。人口減少を食い止めるのも成長戦略なのですから、この調子でいけば、犬を散歩させるのも成長戦略(犬とドッグフードが売れるでしょう)であり、ポルノをばらまいて性欲を刺激するのも成長戦略ということになりかねません。(53~54ページより)

 たとえばこういう表現はギャグとしておもしろくないし、成長戦略についての著者の主張を、かえって伝わりにくくさせているように思えるのだ。


われわれは何か非常に奇妙な世界に生きているように思えてきます。東京の街では楽しげな人々がグルメやショッピングやジョギングに精をだし、京都はこれまた楽しげな観光客であふれています。若い人たちもビジネスマンも電車のなかであろうと喫茶店であろうと、スマホに見入って自分の世界に没入して一人ニヤニヤしています。(80ページより)

「いや、さすがにスマホ見ながらニヤニヤしてる人はあんまりいないんじゃね?」と、ここでもツッコミを入れたくなってしまうのだが(素直じゃないですね)、いずれにしても著者は、そうして世がこともなく過ぎてゆく一方で、日本を取り巻く状況はとても深刻なものになりつつあると主張する。

 私たちの日常を組み立てている、目に見えない骨組みがぐらぐらと揺らぎ出しているように思えるというのだが、これは多くの人が感じていることでもあるだろう。だから本書は、読み手の心をつかむのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国の尹政権、補正予算を来年初めに検討 消費・成長

ビジネス

トランプ氏の関税・減税政策、評価は詳細判明後=IM

ビジネス

中国アリババ、国内外EC事業を単一部門に統合 競争

ビジネス

嶋田元経産次官、ラピダスの特別参与就任は事実=武藤
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中