悲しみ、恥、恐怖、嫌悪感、後悔...負の感情が人生に不可欠な理由と、ポジティブな「後悔」の仕方
人はいわば感情のポートフォリオをもっている。そのなかには、愛や誇りや畏敬などのポジティブな感情も含まれるし、悲しみや苛立ち、恥などのネガティブな感情も含まれる。私たちは概して、ポジティブな感情の価値を過大評価し、ネガティブな感情の価値を過小評価する。
ほとんどの人は、一般的な助言や自分自身の直感に従い、ポジティブな感情ばかりをいだこうとし、ネガティブな感情を遠ざけようとする。しかし、このような方針で感情に向き合うことは、現代ポートフォリオ理論以前の投資戦略と同様、間違っている。
ポジティブな感情が不可欠であることは言うまでもない。そのような感情がなければ、人はどうやって生きていけばいいかわからなくなる。
ものごとの明るい側面に目を向け、楽しいことを考えて、暗闇のなかに光明を探すことは重要だ。楽観的思考は、肉体の健康とも関係している。また、喜びや感謝や希望などの感情は、私たちの心理的な幸福感を大幅に高めることもわかっている。
私たちは感情のポートフォリオのなかに、たくさんのポジティブな感情をもっておく必要がある。ネガティブな感情より多くのポジティブな感情をもつべきだ。
しかし、ポジティブな感情への投資を増やしすぎると、それはそれでよくない結果を招く。そのバランスを欠けば、学習と成長が妨げられて、自分の能力を開花させられなくなりかねない。
なぜか。ネガティブな感情も人間には不可欠だからだ。その種の感情には、私たちが生き延びていくことを助ける機能がある。
私たちは恐怖心のおかげで、炎上する建物から逃げ出し、蛇を踏まないように慎重に歩く。嫌悪感をいだくからこそ、有毒なものを避け、悪しき振る舞いを躊躇する。怒りの感情ゆえに、人は脅威や挑発に対して警戒心をいだき、正邪を見極める感覚が研ぎ澄まされる。ネガティブな感情が多すぎれば害があることは事実だが、少なすぎてもよくないのだ。
ネガティブな感情をもたない人は、同じ相手に何度も食い物にされたり、蛇に脚を嚙まれたりする。大きな脳をもち、直立二足歩行をする私たち人類は、ネガティブな感情を(ときおり、しかし必要なときは徹底的に)いだく能力をもっていなければ、ここまで生き延びていなかっただろう。
後悔が人生に不可欠な理由
悲しみ、侮蔑、罪悪感......さまざまなネガティブな感情をリストアップしていくと、ある感情が最も強力で最もしばしば見られることに気づく。
その感情とは、後悔である。
本書の狙いは、後悔が人間にとって不可欠な感情であることを改めて示すことにある。そのうえで、この感情がもつさまざまな利点を活用して、意思決定の質を向上させ、職場や学校でのパフォーマンスを改善し、より有意義な人生を生きるための方法を紹介する。
まず、後悔の名誉回復から始めたい。過去数十年の間に蓄積されてきた大量の学術研究を土台に分析を進める。
経済学者とゲーム理論家がこのテーマを研究しはじめたのは、一九五〇年代の冷戦期のことだった。原子爆弾で世界が破滅することが最も後悔すべき事態だった時代である。