最新記事
EV

EUの「中国EVへの関税」が気候変動にもEU市民にも「大ダメージ」な理由

MISGUIDED EV TARIFFS

2024年7月23日(火)12時09分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター研究部長)
中国山東省の港で出荷を待つBYDのEV車

中国山東省の港で出荷を待つ比亜迪汽車(BYDオート)のEV COSTFOTOーNURPHOTOーREUTERS

<EVシフトを推進し、気候変動との戦いを長年率いてきたEUが7月5日、安価な中国製EVに追加関税をかけ始めた。自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢は「自分の首を絞める」可能性も──>

誰に聞いても気候変動は急速に進んでいる。だが、気候変動との戦いにおいて長年リーダーの立場を取ってきたEUは目先の損得にとらわれ、健全な経済論理が見えなくなっているようだ。

EUは常に気候変動と戦う意思を示してきたが、一部の分野では自分の首を絞めている。例えば二酸化炭素(CO2)を排出するエンジン車の新車販売を2035年に禁じるとした措置。これは電気自動車(EV)の市場シェアを急拡大させて、CO2排出量を減らそうという大胆な一手だった。


しかしEVは従来のエンジン車よりも格段に価格が高く、禁止措置は物議を醸した。

EVが高価である必要はない。ヨーロッパで出回っているEVの半額で買える製品を中国は生産している。だがEUは安価な中国製を歓迎するどころか、およそ17〜38%の追加関税を7月5日に発動。

グリーン・トランジション(資源循環型経済や社会への移行)が「EUの産業を損なう不正な輸入に基づいてはならない」と欧州委員会は発表したが、追加関税からは気候変動対策より自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢がうかがえる。

EUだけではない。5月、バイデン米大統領は中国製EVに100%の関税を課すと発表し、実質的に中国のEVを米市場から締め出した。トルコやブラジルなど自動車産業が盛んな国々も、中国製EVにはかなりの関税を課している。

EUのEV産業は大きな貿易黒字になっており、中国車の輸入が脅威になるとは思えない。何より気候変動は人類の存亡に関わる脅威であり、全ての国家がEVを含むグリーン産業を支援し、グリーン技術の開発競争に発展することが望ましい。

グリーン技術に対する政府の補助金を受けて開発された製品の輸入を各国が阻むなら、支援のメリット──迅速な技術開発や価格の低下──は大方消えてしまう。

新しい産業は国際競争にさらされる前にある程度の規模に成長するまで守らなければならないというのが、関税保護の大義名分だ。だが1世紀以上の歴史を持つ自動車産業に、この言い分は当てはまらない。

また特定の国が対象の関税は貿易転換を引き起こす。対象国の製品が競争力を失うと、第三国からの輸入が増える。関税で対象国の製品価格が上がれば、第三国は競争力を保ったまま価格を引き上げられる。

高い関税のかかった中国製EVにEUの消費者が高い金を払う場合、関税はEUの金庫に入る。EU製EVに高い金を払う場合、それはEUの自動車メーカーの利益となる。だが消費者が第三国のEVを買うようになれば、金は外に流れる。このように補助金相殺関税は経済的ダメージを伴う。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中外相が対面で初会談、「相違点の管理」で合意 協

ビジネス

ドイツ議会、540億ドル規模の企業減税可決 経済立

ワールド

ガザの援助拠点・支援隊列ルートで計798人殺害、国

ビジネス

独VW、中国合弁工場閉鎖へ 生産すでに停止=独紙
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中