最新記事
人間関係

なぜ「共感」は、生きづらさを生んでしまうのか...「伝える」よりはるかに強い「伝わる」の魔法の力

2024年6月27日(木)12時15分
flier編集部

彼女は書くために生物学に転向したという面があったと思います。彼女はこの頃、自分で物語をつくる想像力に自信がないと周囲に打ち明けています。ところが生物の世界には壮大な物語がある。みずから物語を創作しなくても、生物の織りなす進化の歴史そのものが壮大な物語です。そこに彼女が心から書きたいと思える主題があった。

自然の声を、言葉に置き換えていくときには、何より科学的な正確さが大切になります。想像で事実を補うよりも、自然が実際に行っていることを嘘偽りなく書くほうが、スリリングな物語になる。


土壌学者の友人に教えてもらったのですが、コーヒースプーン2杯分の土には、人間の大脳を司る神経細胞の数に匹敵するほどたくさんの細菌がいるそうです。わずかな土ですらとてつもない複雑さを内包している。だから、自然を精緻に描写することができれば、人間の頭で考えた物語より、ずっと面白いものになる可能性がある。だからこそカーソンはいつも、科学的な正確さと、言葉の詩的な美しさとを、高いレベルで両立させようとしていました。

人間は「共感」によって新たな秩序をつくる生き物

『センス・オブ・ワンダー』の翻訳を行った森田真生さん

──本書の結で、「より多くの共感はより深い苦しみを意味する」「悲しみに根ざしたまま、さらに深く共感を育んでいく」といった言葉が胸に響きました。この共感する力、感性について森田さんのお考えをお聞かせください。

少し脱線するかもしれないですが、まず、「伝わる」ことと「伝える」ことの違いについて、少しお話しさせてください。

絵本作家M.B.ゴフスタインの作品に、『ピアノ調律師』という素晴らしい絵本があります。ピアノ調律師のおじいさんが、息子夫婦が亡くなってしまったために、幼い孫娘を引き取ることになる。おじいさんは、自分の仕事に誇りを持っているのですが、孫娘には「もう少し良い仕事」に就いてもらいたいと思っている。調律師よりもピアニストになる方が、孫娘はいい暮らしができるはずだと信じている。だから、孫娘にピアノを教えること、いつか彼女がピアニストになれるように導くことが、自分が彼女にできる最大の貢献だと思っている。

ところが、孫娘はピアノ調律師になりたい。なぜなら、おじいさんが調律師の仕事に誇りをもっていること、それが素晴らしい仕事であることが、おじいさんの日々の細部から孫娘にしっかり「伝わって」しまっているからです。愛する孫娘におじいさんが「伝えよう」としていることの外で、すでに「伝わって」しまっていることがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中