5歳の子どもは後悔しないが、7歳は後悔する...知られざる「後悔」という感情の正体とは?
こうしたタイムトラベルとストーリーテリングの能力は、人間だけがもっている「超能力」と言ってもいいだろう。ほかの動物がこれほど複雑な活動をおこなうことは、とうてい想像できない。海を漂うクラゲが詩をつくったり、アライグマがフロアランプの配線をやり直したりできないのと同じことだ。
ところが、私たち人間は、この超能力をいとも簡単に活用できる。この能力は人間という存在に深く刻み込まれているのだ。その能力をもっていないのは、まだ脳が十分に発達していない幼い子どもと、病気や怪我により脳がダメージを受けている人だけだ。
たとえば、発達心理学者のロバート・グッテンターグとジェニファー・フェレルによる実験では、子どもたちに、あるストーリーを読み聞かせた。それはこんな物語だ。
ふたりの男の子、ボブとデーヴィッドは近所同士です。二人とも、毎朝自転車で通学しています。学校があるのは、池の反対側。学校に行くためには、池の左側を回ることもできるし、右側を回ることもできます。距離はどちらもまったく同じ。どちらかの道がデコボコしていて走りにくいということもありません。毎日、ボブは右側の道で学校に通い、デーヴィッドは左側の道で学校に通っています。
ある朝、ボブはいつもどおり、右側の道で学校に向かいました。ところが、夜の間に木の枝が道に落ちていました。自転車がその枝にひっかかり、ボブは自転車から投げ出されてしまいました。ボブは怪我をして、学校に遅刻しました。この日も、左側の道はいつもと同じように通ることができました。
同じ朝、デーヴィッドは、いつも左側の道を通っているのに、今日は右側の道を通ることにしました。そして、自転車が木の枝にひっかかり、自転車から投げ出されて怪我をし、学校に遅刻しました。
研究チームは、子どもたちに尋ねた。「この朝、右側の道を通ろうと決めたことを残念に感じているのは、どっちの子でしょう?」。それは、いつもその道を通っているボブなのか。それとも、その日に限ってその道を通ったデーヴィッドなのか。あるいは、二人とも感じ方は同じなのか。
8歳の子どもにも「後悔」はある
この実験では、七歳の子どもたちは、「大人とほぼ同様に、後悔の感情について理解していた」という。七歳児の七六%は、デーヴィッドのほうが残念に感じていると答えたのだ。
それに対し、五歳の子どもたちは、後悔という概念をあまり理解していないようだった。五歳児のおよそ四人に三人は、ボブもデーヴィッドも同じように感じているだろうと答えたのである。
後悔を感じるためには、脳内のブランコを上手に漕いで、過去と現在、そして現実と想像の間を行き来できなくてはならない。幼い子どもがそのために必要な脳の力を身につけるまでには、数年を要する。そのため、ほとんどの子どもは、六歳くらいまで後悔を理解できない。
ところが、八歳くらいになると、自分が将来いだく後悔も前もって予測できるようになる。こうして、思春期になる頃には、後悔を感じるために必要な思考のスキルが完全に発達する。後悔をいだくことは、健全で成熟した精神をもっていることの証なのだ。
後悔は、人間の発達と密接な関係があり、人間の脳が適切に機能するうえで欠かせない要素だ。大人になっても後悔を感じない場合は、深刻な問題が潜んでいる可能性がある。認知科学者たちによる二〇〇四年の重要な研究がその点を明らかにしている。