肉体を鍛えるアスリートのように「脳」も鍛えられる...AI時代に重要となるブレイン・ワークアウトとは?
そんな時代に必要なのは、あえて非効率なことも不器用にやってみること。自分で書いた原稿に赤字を入れてもらって、直して、少しずつ磨き上げる。そのくり返しによって、深く思考してアウトプットすることを、身体知として習得できるのではないでしょうか。コンサルタントの世界でも、新人のうちはこうした機会を得るために徒弟制度が必要だという話も出ていますが、最初は無駄とも思える試行錯誤が必要でしょう。
──デジタルモードとうまくつき合う必要性をひしひしと感じました。
そうですね。興味深いことに、デジタルに精通している人ほど、テクノロジーの利用を制限し、バランスをとろうとしています。スティーブ・ジョブズは、自分の子供にはiPadを使うのを厳しく制限したといいます。ビル・ゲイツも、子供が14歳になるまでスマホを持たせなかったといいます。くわえて、半年に一度シンク・ウィーク(Think Week)を設けており、デジタルツールから離れて読書に集中しています。創造性はデジタルツールでエンパワーされますが、深い思考は読書モードによって培われるのです。
古代ギリシアのソフィストが弁論術を学んでいた時代、ソクラテスは思考を文字にすることをマイナスにとらえて、自分の教えを一切文字で残しませんでした。時を経て印刷革命が起きたとき、哲学者のショーペンハウエルは、「本が世にあふれたら、自ら考えるのをやめて、人の思考をそのまま話すようになる。だから古典以外は読むな」と警鐘を鳴らしました。当時は急に本があふれて、選書のノウハウもなく混乱していたんでしょうね。でも、図書館や百科全書などが整備されて、人々は良い読書体験との適切な距離感を見つけていきました。
面白いのは、ソクラテスが文字を否定したことも、ショーペンハウエルが大量の本の流通を心配したことも、ジョブズがデジタルツールの利用を制限したことと本質は同じということ。つまり、新しいメディアや技術が生まれると、歴史上混乱が起きてきたけれども、人類はそのたびに脳のバージョンアップの過渡期を試行錯誤して通り抜けてきたのです。そう考えると、AIの台頭する現在も、「AIが仕事を奪うのでは」と過度に心配したり、AIの利用をやみくもに禁止したりする必要はないといえます。今の脳のモードの大切さを理解し新しいテクノロジーと一定の距離感をもちながらそれらを前向きに活用することが大切です。