社会をよりよく変えるために「権力」を使おう──その前に3つの誤解とは?

POWER, FOR ALL

2022年7月6日(水)12時58分
ジュリー・バッティラーナ(ハーバード大学ビジネススクール教授)、ティチアナ・カシアロ(トロント大学ロットマン経営大学院教授)

まずは「引き寄せ」の戦略。広告代理店N・W・エイヤーが結婚適齢期の男女に向けて、「ダイヤモンドにはあなたが思うよりずっと大きな価値がある」とアピールした戦略だ。

1938年、当時は世界大恐慌の出口がようやく見え始めた一方、世界に戦争の予感が広がりつつあった。多くの家庭は食べるのに必死で、ダイヤモンドのことなど頭にない時代。婚約指輪のうち、ダイヤモンドの指輪が占める割合はわずか10%だった。

世界最大のダイヤモンド生産を誇るデビアス・コンソリデーテッド・マインズ社のハリー・オッペンハイマー会長は、この状況に頭を痛め、広告代理店N・W・エイヤーの幹部に相談した。

エイヤー社が提案した広告戦略の中核は、ダイヤモンドに「永遠の愛、成功、結婚」のイメージを植え付けること──21世紀の今も広く浸透しているメッセージである。

映画スターや社交界のセレブを起用した広告でダイヤモンドの魅力をアピールし、「ダイヤモンドは永遠に」という印象的なキャッチコピーでブームを盛り上げた。3年もたたないうちに、アメリカでのダイヤモンドの売り上げは55%アップ。90年には婚約指輪の80%がダイヤモンドになった。

こうした「引き寄せ」、つまり相手から見たリソースの価値を高めることは、パワーバランスを調整する際に極めてよく使われる戦略だ。

もっとも、どれほど魅力的なものでも入手ルートがほかにも多数あれば、あなたのパワーにはつながらない。そんなときは、相手が入手できる「代替手段」の数を減らすことで、相手のあなたへの依存度を高めることができる。

その際に必要なのが、同じリソースを持つ他集団との「連携」だ。OPEC(石油輸出国機構)は1960年の設立以来、この戦略で加盟産油国のパワーを強化してきた。

このアプローチの極端な形での実践例として知られているのが、企業による独占(モノポリー)だ。企業が競合他社を買収して競争を排除する行為は、「連携」によって市場での自社のパワーを高める行為。強大な権限が一社に集中しすぎないよう監視する「反トラスト法」が重要なのは、このためだ。

しかし、自発的であれ強制的であれ、「連携」にはリソースの提供者に有利な方向にパワーバランスを変える力がある。提供者が他の入手ルートを減らそうと一致団結するからだ。

労働組合もまた「連携」戦略によってパワーを強めている例だ。従業員が一個人として勤務先の企業と対峙した場合、どの程度のパワーがあるだろうか?

労働組合が結成されたのは、パワーの非対称性が強まると従業員の権利を守りにくくなるから。労働者は労働組合を結成することで1つの集団を構成し、労働条件をめぐって会社側と意見が対立した際に簡単にクビを切られる事態を防いでいるのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和

ワールド

ロシア高官、和平案巡り米側と接触 協議継続へ=大統

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 7
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中