無印良品は堤清二の「自己矛盾」だった
「わけあって、安い」と打ち出した無印良品。
もちろん安さは重要なのだが、「ムダを省いたシンプルな商品で生活する幸せ」というライフスタイルを提供することが、肝にある。
現代の小売業が念仏のように唱える「ライフスタイル提案」の源流がここにあった。
そして西武百貨店やパルコなどの小売業にセゾン文化を巧に絡ませ、大衆に精神の豊かさを提案するという壮大な実験に、堤は乗り出した。
必要な物資を効率的に国民に提供するという物不足の時代の流通業の枠を超えて、新たな流通産業を構想したセゾングループ。
これが、歴史に遺した堤の大きな足跡だ。(294~295ページより)
本書の巻末で、著者は「堤ほど矛盾に満ちた存在はない」と記している。彼は大資本家の家に生まれ、企業経営者の道を歩みながらも、一方では「資本の論理」を超える「人間の論理」を提唱した。高級ブランドの伝道師でありながら、ブランドを否定する「無印良品」を生み出した。
こうした具体例は、いくらでも挙げられるというのだ。しかも己の中で葛藤する矛盾を安易に解消しようとせず、矛盾を矛盾のまま抱えて生きようとしたという。そして、安易な妥協を排し、常に自らのあり方を否定しながら前に進む。そんな姿勢から、現代の我々が学べることは多いとも著者は言う。
堤は決して、功成り名遂げた経営者ではない。
一代でセゾンという巨大グループを築き上げた事実は揺るがないが、最後まで悪戦苦闘を続け、グループ解体に伴って何度も苦渋を味わった。
それでも、堤が人間の真の豊かさとは何かを追求するために、セゾングループを土台に試行錯誤を続けた経験は貴重だ。(299ページより)
堤が「辻井喬」の名で詩人、小説家として活動し、そこにも並々ならぬ情熱を注いだことはよく知られている。そして、こうして振り返ってみると、堤にとっては企業経営もまた"表現"のひとつだったのではないかとも思えてくる。結果、多くの共感を生み出すことができたのは、その表現が多くの人々の心を揺さぶったからだ。
『セゾン 堤清二が見た未』』
鈴木哲也 著
日経BP社
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
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