不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない
このときのユーザーの行為は、あたふたして照明とスイッチを見比べ、いくつか間違えながら照明をつけたり消したり、周囲の人に謝ったりする、あまり美しくない所作になっています。
この状況の原因は、認識のしにくさです。建築の用語では天井の方向を天伏(てんぶせ)といい、壁の方向を立面といいます。ユーザー目線で考えると、これは立面にある照明スイッチに天伏の情報が九〇度角度を変えて移動しているので混乱を招くのです。仮にスイッチに番号が振ってあったとしても情報の角度が変わるだけで大幅に認識しづらくなります。
このときデザインが担うべきは美しいスイッチ盤やつまみの色ではありません。情報をどう見せるとユーザーが行動を止めずにすむか、美しく振る舞えるのかを考える「行為そのもののデザイン」です。
もしこのスイッチ盤が垂直な壁面ではなく水平に近い角度で設置されていたら、ユーザーは照明の位置を天井に置き換えてもっと連想しやすくなります。また、壁面にあったとしてもデザインで窓側とドアの位置などがわかるアイコンや線で囲んであれば、照明とスイッチの位置を対応させやすくなります。
つけたい照明がすぐわかるスイッチ盤があれば、ユーザーは「照明をつける」という行為を美しくスムーズに行うことができ、ここでやっと「良いデザインを施した」といえるのです。
今までのデザインでは「このパネルが美しい」「スイッチがきれいだ」という点が重視されていましたが、私の着眼点はまったく違うところにあります。
私たちはパソコンを使っているときマウスやキーボードを意識せずに画面を注視しています。たしかに操作しているのですが、スムーズな行為が行われているうちは気づかないものです。しかし、いったん入力できなくなる事態が起こると、行為が止まってマウスやキーボードの存在に意識が戻ります。リカバーのためにキーに注目し、試す、失敗する、やり直すなどの苦痛を味わいます。目的以外のことに時間を取られてしまうのです。
スイッチの例でも同じです。不親切なデザインはユーザーの時間を奪ってしまいます。最終的には、使う人のスムーズな行為を誘発し、さらに造形自体が主張しすぎない美しいプロダクトが理想なのです。
常に理想形の開発を可能にするためには、ユーザーがなぜその行為をしたくなるのか、どうして止まってしまうのか、「バグの理由」の事前検証が必要です。検証するプロセスとして上流での工程(プレデザイン)が不可欠になります。つまり、従来のような工程の下流で初めてデザインが論じられるような開発手法では、もはやユーザーの心に響く体験を与えられないのです。
※後編:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら