コラム

新旧交替ではなく追加で成長してきた日本社会

2023年01月11日(水)17時00分

いにしえの時代から続く文化は現代の日本社会にも息づいている stockstudioX/iStock.

<21世紀の現在でも、古いものに新しいものを足す、という方法論は日本社会のいたるところで見られる>

戦後を代表する知識人だった加藤周一氏は、主著『日本文学史序説』の中で日本文学の歴史は「新旧が交替するのではなく、新が旧に付け加えられる」という特徴があると指摘していました。例えば、8世紀に生まれた短歌は、17世紀に俳句、19世紀には自由詩が登場しても消滅せず、今でもこの3つが併存しているというのです。

文学だけでなく、能狂言に歌舞伎が加わり、明治以降は新劇や大衆演劇が生まれても、その全てが残っています。美意識にしても平安の「もののあはれ」、鎌倉の「幽玄」、室町の「わびさび」、江戸の「粋」といった価値は、置き換わるのではなく、足し算的に積み重ねられて今でも残っています。

加藤氏は、「日本社会に著しい極端な保守性(天皇制、神道の儀式、美的趣味、仲間意識など)」と「極端な新しもの好き(新しい技術の採用、耐久消費財の新型、外来語を主とする新語の創造など)」が共存している背景には、「旧体系と新体系が激しく対立して一方が敗れる」のではなく、「旧に新を加える」ことで社会を変化させてきた伝統があるからだと喝破しています。

これは非常に興味深い指摘であり、21世紀の現在でも同じ傾向は続いているように思われます。このように「古いものを廃止して、新しいものが取って代わる」のではなく、「古いものに新しいものを足す」という方法論は、文化や芸術だけでなく、社会一般にも多く見られるからです。

新旧交代の変革は少ない

例えば、現在の大学入試では東京大学をはじめとして、多くの大学が推薦入試や、帰国子女入試などを設けています。一芸に秀でた人物を合格させるためのAO入試も拡大されています。ですが、昔ながらのペーパーでの一発勝負も廃止はされていません。

銀行預金も電子化が進み、スマホ決済や法人向けのフィンテックも主流になってきていますが、依然として通帳取引や印鑑は残っています。多くの小売店やレストランなどが、完全なキャッシュレス店舗を目指していますが、どうしても現金支払いや、対面でのサービスを希望する消費者がいるなかでは、なかなか進まない面もあるようです。

これは、高齢者に人口が偏っているという問題もありますが、加藤氏の指摘するように、そもそも日本社会には「新旧が対決して一方が敗退する」という変革様式は少なく、「古いものに新しいものを足す」ということで、社会を前に進めてきた歴史があるからだとも言えます。

仮に、日本の社会にそのような「伝統」が根強いのであれば、2つのことが考えられると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story