コラム

日本のブラック組織は倫理的に悪いだけでなく、絶望的に非効率

2021年03月02日(火)16時30分

コンプライアンスのために悪事を隠すと事務方の負担は膨大なものに taa22/iStock.

<途上国型の仕事の進め方をしておきながら、文書記録としては先進国並みのコンプライアンスを求められると、事務方には絶望的な負荷がかかる>

今回の総務省を中心とした接待事件では、まだ分かりませんが狭い意味での電波行政への影響があったのかもしれません。具体的には、正規の手続きで決定されるべき衛星放送のスロット枠の割り振りが歪められた可能性です。

仮にこうした行為があった場合、問題は決定が非公正なものとなるだけではありません。こうした形で「業務が歪められた」場合には、膨大な作業、つまり正規の手続きで進めていれば不要な作業が加わって、事務方には大きな負荷が行くことが多いと思われます。

例えば、スロット枠の決定過程について毎回、ある形式に従って記録を残すことになっていたとします。そうすると、それが「接待攻勢で歪められた」場合にも、その痕跡を消して、まるで何もなかったかのような記録に改ざんするということが必要になります。

書類の改ざんは、一つだけやればいいのではなく、多くの場合は書類相互に矛盾のないように実務に詳しい人が多岐にわたった改ざんをしなくてはなりません。結果的に業務量が増え、事務方の負荷は大変なことになります。

形式主義のコンプライアンス重視

例えば森友事件の場合は、事務方で自殺者が出ています。この方については、もしかすると、故人の個性として非倫理的な作業に罪悪感を持ち、その結果としての心理的な負荷を背負ったような印象が広がっているのかもしれません。仮にそうであっても、善悪にマヒした人と比較したら、むしろ正しいことですが、それはともかく、一つの可能性としては書類の改ざんに従事することで、作業が膨大に押し寄せる中で絶望的に疲弊して殉職に至ったとも考えられます。

民間でも同じようなことはいくらでもあると思います。慢性的な不正経理を解消できない企業の場合は、決算のたびに露見しないように膨大な作業を繰り返しているはずです。また労働基準法を守っていない企業の場合は、労基署の臨検に備えて架空の書類を作ったりして多くの追加の作業を抱えていることがあります。

特に近年はコンプライアンス遵守が叫ばれる中で、日本の場合は良心へのコンプライアンスでもなければ、株主の利益など経済合理性から見た公正さでもなく、あくまで実定法へのコンプライアンスであり、具体的には書面上の形式的なコンプライアンスが主となっています。その結果、形式主義の弱点を悪用して悪事を隠すことが可能な場合がありますが、そうなると事務方の負荷は膨大なものとなります。

汚職や法令違反だけでなく、会議が決定の場ではなく、事前の根回しで密室の決定がされる構造なども同じです。権力の力関係や、権力者同士の関係性で物事が決まっても、それを表ざたに出来ない以上は、建前の世界における記録文書をねつ造しなくてはなりません。これも事務方には大きな負担です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、インドに燃料安定供給を確約 モディ首相

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、12月速報値は改善 物価

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易・経済関係の発展促進で合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story