コラム

大嘗祭には国のかたちを深く知る手がかりが残されている

2019年11月12日(火)16時40分

1つは、大嘗祭の儀式の中に、日本の歴史や国のかたちを深く知る「手がかり」が残されている点です。

例えば、大嘗祭のハイライトは特別に収穫された米を、神前に供えるだけでなく、新天皇も召し上がるという部分です。これは稲作文化を国の根幹とするという価値観を象徴しているわけですが、では、そうした稲作文化に根ざした即位儀式というのは、一体どこから来たのかということが分かれば、それこそ稲作文化やそれを持ち込んだとされる弥生人のルーツを探る手がかりになるのではないかと思われます。

やや古い話になりますが、平成の大嘗祭の際には「大嘗祭南方起源説」が論じられたこともありましたが、その後の研究も進んでいることでしょうし、実際の儀式を研究する中で、浮かび上がるものはあると思います。では、大嘗祭というのは稲作文化だけかというと、そうではなく、中国由来の陰陽五行説もしっかり入っています。ですから、研究することで日本文化のルーツ、その純粋性と雑種性などが浮かび上がる貴重な「生きた史料」と言えるでしょう。

2つ目は、その伝統が必ずしも固定化していないということです。明治以降は皇后の役割が拡大していくとか、戦後の平成以降は古代的な部分が簡略化されているなど、伝統は伝統として時代によって改訂が加えられているのも興味深いと思います。

例えば、江戸時代までは大嘗祭の中で「神に供える酒」を用意する巫女として造酒児(さかつこ)という少女が存在していました。斎田、つまり大嘗祭で使用する米を作る水田に選ばれた地方の未婚女性が選ばれたのです。ですが、どういうわけか、この伝統は明治に入って廃止されています。

こうした時代による変化を記録して、場合によってはその理由や背景を論評しておくことは必要だと思います。日本という国の歴史は連続していても、時代によって変化する部分は柔軟に変えながら続いてきたのも事実です。その意味で、大嘗祭という「無形文化財」は、変化をすることで時代を反映してきたということも言えます。

このように巨額の費用を使って行われる「無形文化財」ですから、単に秘密の儀式として終わらせてはもったいないと思います。積極的な広報を望みたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

法人企業統計、7─9月期設備投資は前年比2.9%増

ビジネス

ハセットNEC委員長、次期FRB議長に指名なら「喜

ワールド

英財務相、予算案巡り誤解招いたとの批判退ける 野党

ワールド

トランプ氏、ホンジュラス前大統領を恩赦へ 麻薬密売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批判殺到...「悪意あるパクリ」か「言いがかり」か
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story