コラム

豪雨災害報道で拭えない「不自然な印象」

2019年07月05日(金)16時00分

昨年、発生した西日本豪雨災害の教訓はさまざまなところで活かされているが…… Toru Hanai-REUTERS

<危機感を喚起する強い表現はすぐに陳腐化するし、「全市避難」の指示では逆に避難は徹底されない――豪雨災害報道にはまだまだ改善が必要>

九州南部では、連続的に強い雨が続いて降り始めからの雨量が1000ミリを超える地域も出ています。これは、大変に深刻な事態で、気象庁や自治体の動きを受けて、各メディアが大規模な報道体制を敷いているのは当然です。そうなのですが、報道に関してはどうしても「不自然な印象」が拭えません。

1つは、言葉の問題です。気象庁も、各メディアも必死になって危機感を喚起しようと、言葉の上での表現を工夫しています。その努力には敬意を表します。例えば、2018年には「命を守る行動を」としてみたものの、効果が十分でなかったために、2019年には「自らの命は自らで守るという意識で」などと表現を変える試みもされています。

さらには「(自分だけでなく)大切な人の命を守れ」とか「空振りでも良いから」などと言葉をクルクル変えながらの試行錯誤が続いていますが、社会心理学的にしっかり検証して、逆効果にならないのか、もっと良い表現はないのか、危機意識を持って研究を続けて欲しいと思います。日本語というのは余程考えて表現しないと、強く言えば言うほど陳腐化が加速する特質があるからです。

明らかに不適切な表現も残っています。例えば、報道では「避難所では不安な一夜を過ごしています」という定番フレーズがありますが、適当ではないと思います。避難所に安全に移動できた人は少なくとも危険からは保護されたことになっています。保護された人が、それでも不安なのは、慣れない場所での健康不安と、避難中で家屋が被害に遭うという経済的な不安が主ですが、直接の被災の危険からは保護されているはずです。

それならば、「避難が間に合ってまずはホッとした」という報道がまずあるべきであり、「避難所では不安な一夜」という言い方は止めるべきと思います。避難している人への同情心を喚起するという意味合いで言っている面もあるかもしれませんが、それはもっと食糧とか物資、寝具などの具体的なケアとして気遣うべきです。

2つ目は、特別警報の位置付けです。強いメッセージとしてこうした警報を出すことにしたのはいいのですが、2018年の一連の災害の際に明らかになってきたのは「特別警報が出るような事態では、既に避難が危険になる」という問題です。仮にそうであれば、「特別警報」ではなく「警報」の段階が避難のタイミングだということを徹底しなくてはなりません。

そこで、「5段階の4番目」である「警報=レベル4」の段階が「全員避難」だということになっています。ですから、今回の鹿児島市では「全市59万人に避難指示」が出ています(4日午後7時までに一部を除いて避難指示は解除)。ですが、こちらにも問題があります。「全員」という言葉は建前であり、本当に59万人が避難所に移動したわけではないし、期待されてもいないというのが現実です。一部の報道では、実際に避難した人は1800人(0.3%)という数字もあるようです。

ということは、やはり「全市59万人」を対象に一斉に指示を出すというのは粗すぎると思います。ハザードマップの高精度化、カメラやセンサーによるリアルタイムな被害の状況などに基づいて地域ごとに絞り込んだ避難指示を、例えばですが「目標完了時刻」を設定して、そこから逆算して指示を出すとか、キメ細かく実施する体制が求められます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story