コラム

「塾歴社会」の問題は、勉強内容がやさしすぎること

2016年03月08日(火)18時20分

 例えば医療技術がそうです。CT(コンピュータ―断層撮影)やMRI(核磁気共鳴画像法)などの測定器は、設計するにも使いこなすにも、物理の知識が必要です。人工心肺などもそうです。アメリカの大学で「花形分野」として多くの学生が専攻している「バイオメディカルエンジニアリング」という学科(日本では医療生化学という)がありますが、それこそ物理、化学、生物の3分野の知識が前提になっています。

 例えばアップルは、自動運転車に加えて、腕時計を「医療デバイス」にして突然死を防止したり、新薬の治験データを効率的に収集したりというビジネスを考えていますが、こうした動きを通じて、さらに劇的に進むであろう「医療ビジネス」を担う教育が、これではまったくできていないということになります。

 受験科目に入っていなくても、内申書などで「しっかりやっている」ことへのチェックが入るのならいいのですが、日本の受験制度はそうなっていません。結果的に、国全体として「能力の高い学生の数%が医療生化学を専攻したい」と考えても、その候補になる高校生に「3科目を真面目に勉強させる制度」はないのです。

 一部の医学部では、この点に気づいて「理科の3教科義務付け」を進めていましたが、センター試験が2教科縛りになったために、現在では九州大学以外は断念しているようです。

【参考記事】「世間知らず」の日本の教師に進路指導ができるのか

 問題の2点目は、数学の内容が不十分だということです。特に世界のビジネス社会で、非常に活用が進んでいる統計学について高校生までに基礎を学ぶ機会がないこと、微分方程式や多変数微積分などが扱われていないことは問題だと思います。また、金融や経済を専攻する学生が、入学試験で「数学がない」場合があったり、例えあっても「数学3」が除外されたりしているのも問題だと思います。

 この問題は、「難しい」と言われている中学受験でもそうです。中学受験では「方程式は使用禁止」ということになっています。小学校の教育課程に入っていないからというのが理由で、その代わり「つるかめ算」などで「全部が亀だったら足が何本か足りないから、その足りない数から一部が鶴だということを導く」などという、まるで大正時代かなにかの「よい子の算術」みたいなバカバカしいことをやらせているわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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