コラム

米大統領選、本命ヒラリーを悩ます「メール」スキャンダル

2015年08月25日(火)11時25分

 まず本人の弁明は、「単に利便性のため」であり「端末を何台も持つのは不便だったから」というのです。しかし、同じように国家機密に類する情報を扱う下級官吏や、軍人などが法律を守っているのですから、ヒラリーだけが「2台持ち」を嫌がったというのは奇妙です。

 この点について、90年代にクリントン夫妻の選挙参謀であったジェームズ・カーヴィルという「政界の裏表に精通した」人物が面白い指摘をしています。それは、国務長官としての仕事について正規の国務省のサーバを通じて交信をしていると、議会の国政調査権が発動された場合に交信内容が議会に見られてしまうので、それを嫌ったのではないかというものです。

 ベンガジ事件だけでなく、「実力国務長官」として、例えばオバマ大統領との見解の不一致もあったでしょうし、政敵の共和党筋には知られてはならないような激しい言葉での交信もあったかもしれません。長年の政界におけるサバイバルを経て、ヒラリーはそのような判断をしたということは、確かに考えられると思います。

 カーヴィルの言う「議会の調査を嫌った」という動機の他にも、「国務省のサーバ」の方が、ハッキングの危険があると判断していた、そんな可能性もあります。外国勢力の絡んだサイバー戦争のターゲットになる可能性、あるいは「ウィキリークス」などの暴露サイトへの情報流出の可能性などを考えた時に、国務省のサーバよりも、自宅に設置した個人のメールサーバの方が安全、もしかしたらそう考えたのかもしれません。

 いずれにしても、ヒラリーは真相を語ることはなさそうです。「自分の判断は全て合法」、「法律の求めるところに従って証拠は全部提出した」と主張して、必要なことはすべてやっている姿勢を見せているということは、これ以上自分から語ることはしないという意思表示です。

 しかしヒラリー・クリントンほどの人物が、「この程度のスキャンダル」で政治生命が怪しくなるというのは、どこか不自然なものを感じざるを得ません。実はこのスキャンダルが、国務長官時代の「4年間のアメリカ外交」についての情報戦の一環であり、重要な意味を持っているのかもしれません。

 不透明感の強まる中で時間が経過していくのはヒラリー本人としても、不本意なはずです。にもかかわらず、真相を語ることができないのは、やはりこの事件の奥には何か重大な秘密があるのかもしれない......少なくとも、アメリカの世論はそう思い始めています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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