コラム

「日本酒」は国内産に限るという規制は果たして可能か?

2015年06月12日(金)13時48分

 それでは、「ジャパニーズ・サケ」はダメとする代わりに、例えばアメリカでは「アメリカン・サケ」としたらどうかというと、これも問題があります。というのは、"sake" という言葉は、最近では「サケ(実際の音はサキに近い)」という発音で日本酒という意味が普及していますが、別に「セイク」つまり「〜のため」という意味の単語があるからです。ですから、消費者に混乱を生じないためにも海外産の場合でも「ジャパニーズ・サケ」という表示は必要と思います。

 どうしてこういうことが起きるのでしょう?

 それは、「日本酒」というのは、世界の酒の区分の中で「ボルドー」とか「スコッチ」と同じ階層のカテゴリではなく、その上位の「ウィスキー」とか「ワイン」の階層に属するカテゴリだからです。ですから、日本酒を「日本製だけ」にしよう、「日本酒」や「ジャパニーズ・サケ」を「地理的表示制度」を使った「ブランドにしよう」というのは、そもそも無理な話です。

 例えば、「日本酒」とか「ジャパニーズ・サケ」という表現を日本製に限るというのは、例えば「ウィスキー」を名乗れるのは英語圏だけというような規制に等しいのです。そうなったら、例えばサントリーやニッカは「ウィスキー」に代わって「赤麦焼酎」とか「麦汁リカー」といった「言い換えを強いられる」ことになるので非現実的です。

 スコットランドで修行して日本産ウィスキーを開発した「マッサン」の物語が人気を博したことを考えると、日本で修行して今後は海外で「うまい日本酒」を作ろうとしている人々に対して「日本酒やサケを名乗るのは許さない」というのは、あまりに狭量ではないでしょうか。

 このような規制は、「日本酒」あるいは「ジャパニーズ・サケ」が、世界に通用する普遍性のある「飲料のカテゴリ」として認知され、今後も認知が進む可能性を阻害するだけです。シャンパーニュ地方はともかく、大国ニッポンのやることではありません。

 もう1つ問題があります。国産であっても「本醸造酒」には、輸入原料を使った醸造アルコールが使われているという事実です。これを機会に「日本酒は純米酒だけ」にすればいいのかもしれませんが、実は「醸造アルコールを添加した本醸造酒」というのは品質安定効果もあり、国税庁の資料によればこちらのほうが「純米酒」よりも生産量は多いし、ファンもいるのですから混乱は必至です。

 やはり「日本酒は国内産に限る」という発想には無理があるようです。2006年に断念に追い込まれた「寿司ポリス騒動(「海外日本食レストラン認証」制度案)」と同様に、引き際が肝心だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き

ビジネス

トランプ氏、ビットコイン戦略備蓄へ大統領令に署名

ビジネス

米ウォルマート、中国サプライヤーに値下げ要求 米関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story