コラム

トランプを再び米大統領にするのは選挙戦を撤退したはずのケネディ?

2024年09月19日(木)19時47分

1つ目は表現の自由だ。まず、ケネディは「公平な制度」であれば、自分が大統領選に勝つはずだが、そんな当然の公正な結果を阻止したのが民主党とメディアだと指摘。

テレビ局からあまり注目されず取材も受けられなかったことや、(ワクチン関連の誤報が多いため)SNSの投稿規制に引っかかり、自由に発信できなかったことに不満を訴えた。「個人的な文句ではない」といいながら、個人的な文句をけっこう羅列している。

2つ目の大義はウクライナ戦争だ。ケネディによると、tiny Ukraine(小さなウクライナ)は大国間の覇権争いの代理戦争として利用されている。そしてアメリカは2つの弾道ミサイル制限条約から離脱して、ポーランドやルーマニアに核ミサイルを配備している、という。

またケネディいわく、アメリカ政府はウクライナの政権を転覆させ、ウクライナ東部のロシア系住民との内戦を起こした。ロシア包囲網を張ろうとするNATOに対し、プーチンは「予想できた反応」をした。戦争で60万ものウクライナ人と10万ものロシア人が犠牲になっている上、ヨーロッパの産業基盤は崩壊した。

禁酒するため飲み屋をすすめる?


こんな悲惨な状況だが、トランプが大統領となれば「一夜で戦争を終わらせると話しているので、それだけでも彼への支持が正当なものだと分かる」とのことだ。

あんなに表現の自由がないと話した直後によくこれだけ自由に誤報をばらまきまくるな~と、演説を聞いていて僕は思った。

権威ある報道機関や学者の分析でファクトチェックすると、ヨーロッパで2番目に領土が広いウクライナは「小さく」ない。アメリカはポーランドやルーマニアに核兵器を配備していない。ウクライナはロシア系住民を弾圧していないし、東部の内戦を起こしたのはロシア系の民兵組織だ。

さらに犠牲の数が逆で、ロシア兵の方がずっと多く死んでいるし、ヨーロッパのGDPはコロナ禍で下がったがコロナ前の水準にほとんど戻っている。どれも信ぴょう性の高い情報源ですぐ調べられることだ。ケネディの情報ソースはなんだろう? 僕は陰謀論が嫌いだが、ケネディはプーチンと同じスピーチライターを使っている気がする。

もちろん、全部が誤報というわけではない。例えばNATOが旧ソ連の国々を加盟国に迎え入れたのが刺激的で余計だったと、僕も思っている。

だがその拡大を始めたのが共和党のブッシュ・パパ政権時代だし、最も多くの国を加盟させたのは同じく共和党のブッシュ・ジュニア政権時代だ。

さらに弾道ミサイル制限条約からアメリカが離脱したのも事実だが、1つ目の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約(民主党の議員たちが裁判を起こしたほど必死に守ろうとした)はブッシュ・ジュニア政権下で、2つ目の中距離核戦力(INF)全廃条約はケネディの大好きなトランプ政権下で離脱したもの。

つまり、戦争を止めたいケネディは自ら戦争の原因として挙げた党や人物への支持を表明しているわけ。

禁酒したいなら、いい飲み屋知っているぞ......というようなわけのわからない理屈だ。

しかし、それよりも矛盾を感じたのは3つ目の大義「われらの子供に対する戦争」についての論理展開だ。医療費の高さ、慢性疾患の多さ、肥満率の高さ、糖尿病の多さ、発がん率の高さ、神経疾患の多さ......。ケネディは演説で国民の健康関連の課題を縷々と並べた。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story