コラム

イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

2023年09月09日(土)16時49分

普通にインターネットを使う分には、この差はあまり関係ない。TikTokの動画のダウンロードぐらいなら、全く気にならないでしょう。そんなに早く「踊ってみた」を見なくていい。

だが、戦争においてはこのカバー範囲と速度がキル・チェーンの各段階に、特に兵器の精密さに大きく響く可能性はある。今後、通信衛星網を牛耳る人は戦争の行方を握る。そんな日が必ず来るはず。実は、すでにその将来を仄めかす一件があった。言ってみれば、早い段階で世界が「踊らされた」。

あっ、大事なことを言うのを忘れた。スターリンクという最強の通信衛星網を牛耳っている人というのは、このサービスを展開するスペースX社の創業者、イーロン・マスク氏だ。

このマスク氏に、世界が踊らされた。昨年2月にウクライナ政府の要求に答え、マスク氏はウクライナ国内でスターリンクのサービスを開始した。5月までに、スペースXは4000近くのアンテナやルーターのセットを寄付した。徐々にユーザーが増え、昨年8月までに2万セット以上が配布された。スターリンクはウクライナの生活と防衛に欠かせなくなった。

そこへきて10月にマスクは「過去4カ月のウクライナでのサービス提供で8000万ドルもの損失が出た! 今後12カ月で4億ドルもかかる!」と喚き出し、アメリカ国防省に利用料金を要求した。これを半分恐喝のように感じた人もいるでしょう。

「特殊な一般人」が握る世界の命運

ドナルド・トランプが発信できるよう、アカウント凍結解除のため440億ドルもかけてツイッターを買収した人なら、ウクライナが通信できるよう、4億ドルぐらいかけてもいいんじゃないかな~と思いつつ、スペースXの負担は明らかなのだから、最初から利用料を払ってあげればいいのにと、僕は思った。今年6月にアメリカ政府も同意見になったようで、スターリンクとの正式な契約成立を発表した。

料金設定は未公表だが、「1年で4億ドル」というマスク氏の数字はかなり大げさに感じるのだ。日本でスターリンクの定額サービスを払っても、1年分が7万9200円だから2万セット分が15億8400万円。プランを少し高く見積もって月1万円だとしても、2万個の1年分が(10,000×12×20,000=)24億円だ。合わせてみても計39.8億円。ウクライナのサービスがこれより10倍かかるとしても、4億ドルに届かない。もちろん交渉のとき、アメリカ国防省も同じような計算をしたはずだからきっと......8億ドルぐらいで契約したんだろうね。

しかし、ぼったくられるのが問題ではない。740億ドルもウクライナ戦争にかけているアメリカにとって、4億ドルははした金だ。問題なのは、安全保障上こんなに重要なインフラが1人の民間人の手中にあること。それが誰であっても心配だが、自分の子供に「X Æ A-12」と名付けたり、コロナ関連の陰謀論を広めたり、マーク・ザッカーバーグに金網デスマッチの決闘を申し込んだりするような、少し特殊な民間人だからひときわ心配だ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story