コラム

同性愛者からの仕事の依頼を断るのは「表現の自由」なのか?(パックン)

2023年07月22日(土)20時22分

原告のごとく聖書の解釈から同性愛反対の信仰を持つキリスト教徒がいるように、「ノアの孫呪い」から人種の上下関係が定められいると信じるキリスト教徒もいる。彼らはもちろん白人と黒人の結婚(英語でmiscegenation)に反対。ということは、最高裁の判決通り、ウェブデザイナーなどの表現者は「同性婚NG」のほかに「人種間の結婚NG」というスタンスも認められるはず。

もちろん、先述の業種は全部、客として現れた夫婦のどちらかが黒人であるだけで各種サービスの提供を断る権利をもち、町によっては人種間の結婚も「ないない」づくしになり得る。

さらに想像を膨らませてみよう。黒人などが白人と同じ町で同じ暮らしをしていることの「対等さ」にさえ反対する、極端な白人至上主義者もいる。そんな人の仕事が「表現」に関わるとき、結婚と関係のないサービスでも、思想信条に反するからと黒人の依頼を全部断ることができるはず。弁護士も。先生も。出版社も。コンサルタントやアドバイザー、カウンセラーも。テレビやラジオの出演者もディレクターも作家も。ほぼ誰もが黒人に対する対等なサービスや待遇を提供しなくていいことになる。「同性婚に反対だからできない」が成り立つなら「人種の平等に反対だからできない」も成り立つであろう。

あらゆる差別の原理と作用は一緒

大量生産の規格品の販売はクリエイティブな仕事とされないから小売店は黒人の来客を断れないとしても、セールスは明らかに表現に当たる。自動車や不動産などを買おうとする黒人に説明する義務もなくなる。レストランのウェイターも表現するね。受付やコールセンターの人も。そういえば、会社の面接や説明会も「表現」の一種だ。それも黒人相手に断る権利も認められるかもしれない。判決の主張を文字通りに捉えるなら、表現の自由を口実に、さまざまな場面で黒人を市場経済から、そして結局は町から退けることができそうだ。

極端な論じ方だが、実際社会で黒人が白人と同じ暮らしや経済活動ができなかった「人種分離制度」が、僕が生まれるころまでアメリカにはあった。もちろん、この裁判一つでそこに逆戻りすると思っていないが、この50年間でここまで平等な社会に近づいてきたのは差別対象のマイノリティーを守る法律があったおかげでもありそうだ。そんな法律を形骸化させる判決は、時代の逆戻りを止める法的手段がなくしてしまうものではないか。

判決を出した判事たちはここまで考えていないと思う。たとえば黒人の依頼を拒否したい白人至上主義のウェブデザイナーが裁判の原告だったら、結果は違っただろう。しかし、対象が違っても差別の原理と作用は一緒だ。判事たちにそれが見えないのは、同性愛に対する潜在的な差別観念のせいではないだろうか。お酒に酔って裸を見せたノアに負けないぐらい、権力に酔って、内心の恥部を晒している気がする。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story